第174話

 ちなみに私の報酬もまだ受け取っていなかったので、最初の話の二倍になった金額を受け取る。サインを取り交わしながら、ふと、私はちょっと前から気になっていたことを口にする。

「ウェンカイン王国って裕福? 私に沢山お金を払っていて、大丈夫?」

 国から金貨一万枚を搾り取った身で言うことではないんだけど、あれはスラン村の資産だからさておき。私にあんまり頼っていると、国庫が寂しくなるんじゃないかっていう心配だよ。

「……有り余っているということは、ございませんが」

 そう前置きをしつつも、王様は問題ないと答えてくれた。私が今までに引き受けた依頼のお陰で、浮いたお金もまた大きいらしい。そっか、大規模な支援兵を送る予定だったのが、無くなったこともあるもんな。エーゼン砦なんていい例だ。街や人の被害もほとんど出ていないし。そう思えば、都度、私に払う金額くらいは平気なんだね。安心した。

 別に王様達が貧窮すること自体は構わないけど、それで国民の税が増えるとか、結果的に貧困層――例えば低層の娼館の子らが更に酷い目に遭うなんてことがあったら、王族貴族を丸ごと消したくなっちゃうからなぁ。

 何にせよ、そのような心配が無いなら、これからも心置きなく依頼をこなして、報酬をがっつり受け取ろうと思う。交わすべき書類が全て終わると、私の興味がそろそろ夜の方に向き始める。今頃カンナは部屋を整えてくれているのだろうか。私が余所見を始めたところでそれが伝わってしまったのか、王様は少し申し訳なさそうに、且つ、気まずそうに小さな咳払いをして、まだ話を続けた。

「なお、問題の魔法陣を敷いた者についてですが。現在、コルラードが指揮を執って足取りを追っております」

 やっぱりコルラードはそっちに忙しかったんだね。途中から居なくなったもんね。

「何か分かり次第、アキラ様にもお伝え致しますか?」

 さっき思考が逸れた名残りでちょっと腑抜けた生返事をしてしまったせいか、疑問形になっちゃった。ごめんごめん。興味が無いわけじゃないよ。

「そうだね。その情報を元に私が君らを手助けするかはともかく、情報としては知っておきたいかな」

「では、そのように。ご助力を求める際には改めて此方から、ご依頼を致します」

「うん」

 今回の依頼については、これで話は終わりみたい。よし、じゃあもう、長居はしないよ。私は合図をするみたいに軽く、太腿をポンと叩く。

「じゃあ早速カンナのところに案内して。早く会いたい」

 焦れた私の声に、王様は間を空けることなく「畏まりました」と応えた。賢明だね。不用意に引き延ばされたら例え一分でも今は本気で怒るから。

 今回も侍女さんが案内をしてくれたけれど、前みたいに周りの装飾品にのんびりと目を向けて歩かなかった。不思議と王妃様の故郷の絵にだけは目が向いてしまったものの、足は止めない。通されたのは前回と同じ部屋。扉が開かれた先で、ソファの傍にカンナが立っていた。前とはまた違う可愛らしい服を着ている。これも寝間着の延長だろうけれど、やっぱりデザインが色々と凝っていて可愛い。今回も城が用意したのかな。案内役の人は前回と同じ言葉だけを告げて、早々と立ち去った。

「カンナ」

 顔を見るだけで、少し心が緩む。名を呼べば、カンナは普段と変わらない無表情のままで、私に向かって頭を下げた。

「今夜もまず、湯浴みをなさいますか?」

「うん、だけど」

 私が頷いたから、カンナはすぐ浴室に案内してくれようとしたんだと思う。身体をもう浴室側へ向けそうになっていた。でも私がまだ何かを言おうとする気配を感じて動きを止め、小さく首を傾ける。

「傍に来て」

 そのまま手招きすれば、カンナは小さく会釈をして真っ直ぐに歩いて来た。手前で礼儀正しく立ち止まる彼女を、無遠慮に引き寄せて腕に収める。驚いた様子で上がった肩も丸ごと包み込んだ。

「……会いたかった」

 腕の中へとそう囁き、抱く力を強めた。カンナの身体が小さく緊張に震えたのを、腕に感じる。

「二日前にも、お会い、いたしましたが」

「そうだね。でもあれは私が触っちゃいけない『侍女』の君だから」

 戸惑っているカンナに気付かないふりをして、顎を掬い上げて口付けた。やっと触れる。触っても良いカンナに、会いたくてならなかった。長く口付けを繰り返せば、固まっていたカンナもゆっくりと力を抜いて、私の方へ身体を預けてくれた。


* * *


 一方、応接間でアキラを見送った王様は、彼女が立ち去った後、難しい顔を浮かべて再びソファへと身を沈めた。この時間、普段の彼は有事でなければ既に部屋へと下がっている。つまりアキラを見送ってしまえばもう本日の職務は無く、部屋の片付けなどを執事らに任せて退室し、部屋へと下がる予定だった。しかし彼がその場に留まった為、執事も従者も動かない。

「カンナは、オドラン伯爵家の四番目の令嬢だったか?」

 不意に、後ろに控えていた従者へと問い掛ける。従者は手元の紙を何枚か捲った後で、大きく頷いた。

「はい。間違いございません」

 既に候補として挙がった時点で調べ直し、アキラから問われた際に答えられるようにと控えられていた情報だ。だから王様の記憶の片隅にも残っていた。小さく頷いた王様は、深く息を吐き出す。

「……オドラン伯爵へ連絡を取れ。至急、面会をしたい」

「承知いたしました。早急に文を出します」

 城にとって、アキラはあまりに危うい協力者だ。しかしそうであることを易々と受け入れ、引き続き危ういままにしておきたくないというのが本音だろう。状況を変えられるものなら変えたい。その機会を、王様は常に窺っていた。

 動くことが吉と出るか凶と出るかは、分からないけれど。

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