第159話_リガール草
『――アキラ様』
「んぁ……」
王様の声が頭の奥に響いて、私は微睡みから引き戻される。うーんと唸りながら身体を起こせば、部屋に居た女の子達が振り返った。眠っていたのは私だけだ。ただの昼寝なので。
「どうしたの?」
無理に起きようとしているのが、ひと目で分かるのだろう。ラターシャが不思議そうに首を傾ける。私は心配ないと伝えるように、彼女に向かって軽く手を振った。
「呼ばれてる、から……」
半分、居眠りながらそう呟くが、何の事情も知らずにこれだけ聞いたら私やべえ奴じゃない? まあ、察しが良くて賢い私の女の子達には伝わっていると思うけど。軽く頬を叩き、何とか目を覚ました。
『はいはい。ごめん寝てた。何?』
『お休みのところ、申し訳ございません。今回は討伐依頼ではないのですが、御力をお借りできればと』
続けられた説明に耳を傾けたところ、依頼は、希少薬草の採取だそうだ。
採取できると思われる森はウェンカイン国内では一つだけ。しかし魔物の多い森の奥で、且つ、これと言った群生地が無い。年によって生える場所も変わるらしい。そんな難儀な状況でも毎年、兵士や専門家を送り込んで何とか掻き集めているそうだが、今回はほぼ集まらないままで、あとひと月で収穫可能な時期が終わってしまうという。例年通りのやり方をしているのに、全く量が集まらない。冬季に流行りやすい伝染病の薬の材料になる為、このままでは今年、その流行病の感染者数、
最終的には収穫難の原因究明も必要になるが、急務は薬草の確保だ。私のタグであれば探せる、もしくは探すべき場所を絞れるのではないかとの依頼だった。
なるほどね。『流行病』って言われると個人的にも聞き捨てならないので、協力しましょう。了承を告げようとした瞬間、王様が零した単語が私の記憶の端にぶら下がった。
「……リガール草?」
思わず口に出してしまったその単語に、ナディアとリコットが表情を変える。私はちらりと彼女らへと視線を向けつつ、王様が『はい』と肯定する声を聞いた。
今回探さなきゃいけない薬草の名前が『リガール草』っていうらしい。薬関連の本を読んでいた時にも、希少と書いてあったものだ。しかしその単語は今、本の中ではない別の記憶に引っ掛かっていた。まあ、今はいいだろう。
とりあえず了承と共に、三十分以内に向かうと伝えて通信を切った。
話を聞いている間に目もすっかり冴えている。昼寝をしていたソファから立ち上がると、ぐっと身体を伸ばした。
「今回は薬草探しだって。タグが使いたいみたい。森の中の探索だから多少は魔物と接触するだろうけど、前二回と比べたら危なくない依頼だね」
いつもいっぱい心配を掛けてしまう為、今回は大丈夫だよってつもりでそう説明する。でもホッとした表情に変わったのはラターシャとルーイだけで、ナディアとリコットは何か言いたげな目で私を見つめていた。
「リガール草が、どうかした?」
改めて言葉にして二人に問い掛ける。ようやくラターシャとルーイも二人の様子に気付いたらしく、振り返って首を傾けていた。ナディアは視線を落とし、隣の椅子に座るリコットを明らかに気にしている。リコットは、ぎこちなく笑った。
「ううん、聞き覚えのある薬草だったから、驚いただけ」
嘘ではないが、全部じゃないな。王様の言ってた流行病は、ドンピシャで、どうやらリコットのお姉さんが罹った病だったみたいだ。私は彼女の傍に歩み寄り、頭をゆっくり撫でた。
「大丈夫。気合い入れて集めてくるよ」
そう言って微笑むと、私が気付いたことにも気付いたらしい。リコットが眉を下げて、「うん」ってちょっと無防備に笑った。
もしもリガール草がもっともっと沢山あれば、娼館でだって手に入る安価な薬になったかもしれないよね。まあ、収穫しすぎたら絶滅するだろうから程々にするし、今更それが安価になったところでリコットのお姉さんは戻ってこない。だけど少しでも、リコットの気持ちが重ねて傷付かないなら、私は頑張るだけだ。
彼女達を何からでも守るって誓っているんだから、危険だけを払うつもりはない。悲しいことだって、私に出来ることならいくらでも払ってあげるよ。
「気を付けてね」
「うん、ありがとう」
今回も最大で二日間の不在と告げておく。それ以上掛かるなら、一度此処に戻ります。あんまりみんなと長く離れていたら私の方が寂しくなっちゃうからね。
王様から貰った上等なローブを羽織って転移する時、直後に自分が『動揺する』ことが起こるなんて、一切考えていなかった。こんな私でも至極真面目に、依頼任務のことばっかり考えてたんだよね。
みんなに見送られて転移した先は応接間だった。ベルクやコルラードを含め、いつもの人達が集まっていた。
「ご協力に感謝申し上げます。此方へ」
豪華なソファへと促されたから、それに従って移動した。だけど座る前に、私の足がぴたりと止まる。動かなくなった私に対して、王様が首を傾けた。だけど私にはそんな彼の動作も一切、目に入っていなかった。
「……カンナ?」
「はい」
お茶係としてテーブル脇に控えていたのが、カンナで。淀みなく返事をした彼女は、私に向かって恭しく頭を下げた。
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