第158話_地下倉庫

 その後ゆったりとした速度でモニカが村を案内してくれた。食事もそれぞれが部屋で取るのではなく、食堂のような場所に集まり、みんなの分を作ってみんなで食べることが多いみたい。その方が食材の在庫も管理できるし、無駄も節約できるからって。考えてあるなぁ。

「最後にご案内する場は少し冷えるので、上着がございましたらお召しになって下さい」

「うん? 分かった」

 私はモニカに応え、女の子達にもローブを渡して、着るように促す。モニカ含めお付きの人達もそれぞれ上を羽織っていた。そうして連れて行ってくれたのは、彼女の屋敷裏から入れる、地下空洞だった。

「これはすごい。掘ったの?」

 結構、広い。レッドオラムに私達が借りている五人部屋が四つくらい入る。王族の私室と同じくらいの広さだ! いや分かりにくいね。まあいい。とにかく内部は、しっかりと木材や石材で補強されており、崩れる気配も無さそうだ。

「いえ。実を申しますと、集落の元は、廃村でございました。この地下空洞も、私達が此処へ来た当初から残っていたものなのです」

「はー、なるほど」

 家屋は凡そ使えない状態でしかなかったらしいけれど、どれも土台は残っていたそうだ。今ある建物は全て、その土台を利用して建てられているとのこと。確かに、土台から作ろうとしたら三年で此処まで整えるのは不可能だろう。

 そしてモニカ達はこの地下空洞を、食糧庫にしていた。というか、冷蔵庫かな。此処、すごく寒い。

 理由は、地下であるだけじゃない。布で区切られた狭い一角があり、そこには氷が敷き詰められていた。その一角で保管されているのは食肉だ。地下である為に気温が一定に保てる上、一角を冷庫にすることで、漏れる冷気で全体を少し冷やしている。つまり、冷凍庫付き冷蔵庫なのだ。

「この氷は?」

「私の魔法で生成したものです」

「へえ! モニカは氷属性を持ってるの? それはすごいね」

「恐縮です」

 道理で彼女からは他の人より強い魔力の気配があったわけだ。宮廷魔術師ってほどじゃないものの、何かしら一般人では使えないレベルの魔法が使えるのだろうとは思っていた。でもまさか、氷属性とはな。本当に珍しい。

 彼女は生成魔法しか扱えないと謙遜しているけど、氷属性は持っているだけで充分に凄い。しかもこうして暮らしていく中でも、相当便利に使えるものだ。

「少しずつ広げているところですが、私の力では今はこの程度で」

「ん? もっと広げたいの?」

「はい。最終的には半分を凍らせ、残りは冷気のみで、という運用を考えております」

 それくらい凍らせておくと、冬季に狩りが難しくなった時にも賄えるだけの肉や野菜が保存できるからとモニカは言う。ふんふん。なるほどね。って言うか、そんなことなら言ってくれたらいいんだけど。

「私が凍らせてもいいの?」

「……領主様は、氷属性もお持ちなのですか?」

「うん、全属性あるよ」

 なんかモニカが静かになっちゃった。やっていいのかな。やってしまう方向で話を進めますが宜しいでしょうか。根がせっかちなので、反応を待たず、どのように凍らせたいのかの詳細を問うことにした。

「手前が冷凍、奥が冷蔵のままでいい? 入れ替える?」

 戸惑いの顔をそのままに、少しぎこちなくモニカが頷く。

「……可能であれば、奥に氷を」

「オッケー。じゃあ一旦、回収するね」

 布が張られて氷で覆われていた部分を丸ごと収納空間に入れた。その時点で既にモニカとお付きの人、そしてケイトラントもザワってしたけど、まあ、今は良いでしょう。

「この辺を境にしていいのかな」

 空間の真ん中くらいに立つ。支えの木材があるから、布が張りやすい。モニカが頷いたので、さっき回収したものをまず凍らせる側に出した。

「残りも布張りをしよう。一気にやるよ~」

「あの、アキラちゃん、あんまり無茶しないでよ?」

「あはは、うん。これくらいは平気だよ」

 慌てた様子で声を掛けてきたラターシャは、どうやら私の反動を気にしてくれたみたいだ。大丈夫だよ~。

 布と釘を収納空間から取り出し、魔法で布をびゃーっと張って、同じく魔法でばーっと釘打ち。上辺だけを打ち付けたので、出入りは何処からでも可能だ。

「布や壁を凍らせるだけじゃなくて、氷の塊を置いておいたほうがいいんだよね」

 モニカも、大柄な氷を器に入れて、空間の各所に置いていた。これだけ広かったら特に、あちこちに冷気の元を置いた方が長持ちしそう。金属の器が一番良いけど、万が一、誰かが素手で触れちゃったら怖いからなぁ、木製でいいか。

 木箱を壁一面と、空間の真ん中。それから布張りした仕切り付近に幾つも並べて、その中にごろごろと私の氷を入れておく。

「じゃ、最後はこの中の全面、凍らせるよ、一気に寒くなるだろうから、辛い人はもう退散してね」

 一応注意を促したものの、誰も動かなかったので、じゃあいいか。ぱん、と両手を叩くと、一瞬で空間が全部凍った。天井も、壁も、布も、地面も。

「これを維持するのは、モニカでも出来るかな?」

「はい……あの、ありがとうございます、いえ、何かでお返しが出来れば良いのですが」

「構わないよ。氷属性ってこんなに使うこと無かったから、練習には丁度良かったよ」

「やってることはただの善人なんだよね……」

 後ろで小さくリコットが何かを言ったけど、聞こえなかったことにしよう。だって私が本当に善人なら、このままこの中を食糧で埋めてあげているよ。でも今持ってる食糧は後でみんなと食べようと思って仕入れていたものばかりなので、あげない!

「は~結構楽しかったね、スラン村の観光」

 地下空洞から抜けて、みんなからローブを回収してそう言うと、「アキラちゃんが居ると何処でも大イベントだね」とラターシャが笑った。私をまるで曲芸師みたいに言わないでください。

「そろそろ帰ろうか。じゃ、頼まれた布はすぐ送るから。他にも何か必要なものがあったら、魔道具で呼んでね~」

 私が立ち去った後、ケイトラントに「嵐そのものみたいなやつだな」と言われていることなど私は全く知らないが、ラターシャ達は「言われてるだろうなぁ」って後で言ってた。

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