第157話_医師
村に来た目的は魔道具を渡すことだけだったが、お茶を傾けている間にもう一つ思い付いた。
「良ければ、来たついでに。この村の中を少し案内してほしい。どんな暮らしをしているのか知りたいよ」
知っておいた方が今後、支援もしやすいからね。とまでは言わなかったんだけど、モニカは快諾してくれた。
「ええ、勿論、構いません。自慢できるものは特にございませんが」
彼女はそう謙遜していたし、隠れ住んでいるんだからそれは仕方のないことだと思っていたけれど。村にはミルク用のヤギが三頭。畑も幾つかあって、野菜だけじゃなく薬草も育てていた。村の外にも自生している果実や山菜が多くあるらしく、それを時々採取して補っているとか。前、それでロマが外に出てたんだね。
「結構しっかり生活基盤があるね。専門の人が居る?」
貴族が知識も無く手探りでヤギの飼育やら野菜・薬草の栽培なんて無理だろうと思って尋ねると、住民の半数以上が元平民で、彼女らが当初から野菜栽培と酪農の経験があったそうだ。そして医師もいて、薬草栽培は彼女が行っているらしい。
「医者かぁ! それはすごい」
「元々は、私の専属医でございました」
モニカは幼少期、酷く身体が弱かったそうだ。しかしその専属医の彼女が煎じてくれた薬草が身体に合い、成人する頃にようやく普通の生活が送れるようになったとか。この間、挨拶してもらった時はみんなの名前しか聞いてなかったから、各人の職業や役割は知らなかった。今は村の医者としてモニカだけではなく、全員の健康管理を請け負っているという女性、レナは、当然モニカよりは年上のようだったけれど、十歳も離れてないみたい。すごいなぁ。
「領主様」
「うん?」
改めてモニカから紹介されていたレナは、私の視線を受けて頭を下げた後、少し恐る恐ると言った様子で声を掛けてきた。喋っていいよ、と促すと、再び深く頭を下げて、そのままで話し始める。うーん、元々、上流階級社会で生きてきた人って感じだなぁ。立場が高い人に対する礼儀が徹底している。
「私の育てている薬草は一部、栽培の難しいものもございます。街で売ればそれなりの金に換えられましょう。可能であればそれと交換に……清潔な布をお譲り頂けないでしょうか」
「ああ、うん。いいよ」
私は軽く返事をした。そりゃ、この村だけで賄えないものなんて、いっぱいあるだろうな。布は一から簡単に作れるものじゃない。手に入れるのは難しかったに違いない。特に医療行為の中で扱う布は清潔さが命だから、本当は使い捨てるくらい常に新しいものがほしかったはずだ。
私が承諾すると、断りを入れて一旦離れたレナが、乾燥処理をさせた薬草を瓶に詰め、持ってきてくれた。薬屋ならこの価値が分かるはずだと言うが――まあ、私がこの場で分かりますよ。タグがこの薬草に対して、金貨一枚と少しの価値があると記した。めちゃくちゃ貴重なやつだね。うーん、布だけの為にこれは等価交換ではないなぁ。
「一度、お金で渡すよ。これを全部、布に換える必要は無いと思う。倉庫が埋まっちゃうよ?」
金貨一枚と同価値の大銀貨十枚をぽんと渡すと、レナはぎょっとしていた。銀貨だと百枚になっちゃうから大銀貨にしたけど、駄目だったかな。
「ちなみに、端数は切ってあるよ。手数料に貰うね」
別に稼ぎたいわけじゃないが、此処で何も取らないとまた後でお礼がなんたら言われそうだからね。と言っても、大銀貨一枚分にも満たないくらいの端数だ。
「は、はい、しかし此処までの大金は……」
「これが正当な対価だよ?」
断言しても、レナはおろおろと視線を泳がせている。彼女がちらりとモニカを振り返るが、モニカも戸惑った顔をしていて収集が付かない。あれぇ?
「アキラちゃんは鑑定スキルがあるので、価値は正しいと思います」
私の後ろからラターシャがそう補足したら、ようやくモニカが受け取るようにとレナに促し、レナも私にお礼を言って深々と頭を下げた。みんなが居ると説明不足が生じなくっていいなぁ! ただ、後でまた怒られるのだろうと思います。
「とりあえず私が持ってるやつ、今あげるよ。あ、これはサービスね」
言いながら収納空間から引っ張り出したのは、サービスとは言ってもロールだ。これだけで結構ある。十メートルちょっとはあるんじゃないかな。幅は一メートルくらい。布製魔法陣に使うやつとは違って薄くて柔らかい真っ白の生地。これは私も、『清潔な布』が必要な時に使おうと思って持っていたものなので、ニーズには合っていると思う。
「で、買ってくるのは後どれくらいあったらいいかな?」
レナは数秒ほど混乱の顔をしていたものの、さっきよりはずっと早く我に返ってくれて、サービス分に渡した布について丁寧に礼を述べた後で、このロールの二倍ほど欲しいと言った。
「じゃあ大銀貨一枚で大丈夫だよ」
何度もレナは礼を言ってくれるけれど、いや、あなたの作った薬草のお金だよ。
「さっきの魔道具の傍に、直接、物を送ることができるから、遅くとも明日中には送るよ」
大銀貨一枚を受け取りながらそう告げる。つまり、送れるだけの場所は、魔道具の傍に確保しておいてね。二ロール分ね。転移魔法を隠しているのに物の転送を隠さないのは迂闊かもしれないが、魔道具の機能の一つとして捉えてくれたようで、誰も指摘はしなかった。
「こういうお願いは、いくらでもしてくれて良いからね」
モニカを振り返ってそう告げる。本当はこの程度なら、手数料どころか薬草も取らずに全部施しても構わないんだけど。きっとそれだと彼女らは頼み難くなる。でも私にもメリットがあることだとしたら、遥かに言いやすくなるはず。そう思っての措置ではあったが私は敢えて告げなかったのに。
「――という気遣いも含まれていると思います」
「ナディ、そういうのは説明しなくていい」
結局、全部言われてしまった。説明不足は生じなくなるが、敢えて黙ったことも言われてしまうのはちょっとなぁ。不都合があるわけではないけれど。小さく溜息を零して、肩を竦めた。
「気を遣った末に、君らが貧窮して暮らせなくなったら困るからね」
「またそういう言い方する……」
ラターシャが呆れている。だけどこれが私という人間だし、包み隠さない本心だった。私には私の理由があって此処を守るだけだし、善人だと思われても困るんだよね。私は変な期待を持たれたくない、それだけだ。
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