第156話

 モニカの屋敷は、村の入り口からはちょうど見えないように立っていた。住民がみんなで相談し合って、彼女を守る為にそうしたんだろうか。村にある他の家よりも少し立派だけれど、お付きの人達が休む場所も含めるとすれば妥当な大きさだと思えた。

 案内されたのは、八人掛けの大きなテーブルが置かれた部屋。隠れ里なのでお客を招く為の応接間ではなく、村の住民らで何かを話し合ったり、相談を聞いたりする為の部屋なんだろう。今回、私達は正式にお客だけどね。もう一人のお付きの人が、私達にお茶を淹れてくれていた。既に部屋で待機していたモニカが立ち上がって、私達へと頭を下げる。

「ようこそお越し下さいました」

「お招きありがとう。お茶まで、わざわざ申し訳ない」

 私が遠慮なくテーブルに着くと、少し戸惑いながら、私の女の子達も座った。片面が四人までなので、追加でお誕生日席にも椅子を出してくれて、そこへルーイが座る。

 最後に部屋に入ったケイトラントは、モニカが座る方へと回って、少し離れて彼女の後方に立っている。うん、守るには最適の位置だ! 私がどんなタイミングで攻撃を仕掛けても防ぎそう。あんまり考えると試してみたくなるから、ケイトラントの方は見ないでおこうね。

「さて、目の方はどうだろう? 違和感は無い?」

「見えることがむしろ違和感ですが……ええ、良好でございます」

「あはは、問題が無いなら良かったよ」

 もう二度と見えないと思ってたんだろうから、朝起きて目が見えてることを確認する度、夢でも見ている気持ちにもなるのかもな。悪夢じゃないから、これからゆっくり慣れてくれたらいいよね。

 では彼女の具合も確認が出来たので、本題へ。

「今日はこの村から――というか、モニカから私に直接連絡する手段として、魔道具を持ってきたんだけどね」

 ケイトラントに見せびらかした後、仕舞っていた魔道具を再び収納空間から引っ張り出す。布を取り払って披露したら、やっぱり初見の三名――モニカとそのお付きの二人が大きく目を丸めて驚いていた。お付きの二人はちょっと声も漏れていた。

 ただ、魔法石の出処が私本人だってことは、私を救世主と知らない彼女らに打ち明ける気はない。疑問を抱いているのは分かっているけれど、その点はスルーして、この魔道具について簡単に説明をした。

 これが私へ直接『声』を届ける魔道具であること。使用者は契約者一人に限られること。守護石としての役割もあること。まあ、王様に説明したのと同じ内容だね。

「出来ればモニカに使用者になってほしいんだけどさ」

「契約には、何が必要なんだ?」

 モニカの後ろから、ケイトラントが声を張った。うん、最高! 良い質問だね! パッと表情を明るくして満面の笑みを浮かべた私へ、横の方から呆れた視線が注がれた。

「血を」

「一滴だけです。指先を針で刺した程度の」

 来る前の宣言通り、ナディアが私の発言に対して食い気味にそう付け足してくる。ねえ。もうひと呼吸だけ空けない? せめてケイトラントがきゅっと眉を寄せるくらいの猶予をくれ。そんな気持ちでちらりとナディアへ視線を向けたものの、彼女は一切、此方を見ようとしなかった。

「勿論、刺す際の痛みはありますが、回復魔法でアキラが治しますので一瞬です」

「ねー、アキラちゃん、これ見せても良いよね?」

 私の隣に座るナディアの奥から、リコットが軽くテーブルに身を乗り出して私の方を窺い、首元の革紐をちら付かせる。彼女らの首に掛かる、『守護石』のことだ。軽く肩を竦めてから、私は「いいよ」と返した。全員が、胸元へと隠していた守護石を取り出し、モニカ達に見せる。

「これは声を届ける魔道具ではありませんが、契約者を守護する石です。私達全員、それぞれアキラから与えられ、一滴の血で契約をしました」

 ナディアが淡々と説明をする。事前に準備でもしてたみたいな対応じゃん。みんな阿吽の呼吸で動くし。仲良しだね、私も混ぜて。

「私達も所詮はアキラ側の人間なので、これで信頼しろと言うのも変な話ですが……」

「所詮とか言うのやめてよ~」

 思わず割り込んだけど、真面目なナディアの声のトーンと比べるとめちゃくちゃ私の声って間抜けだね。その余韻が部屋に響いた頃、モニカがふっと小さく笑う。

「お嬢様方、お気遣いありがとうございます」

 優しくて穏やかな笑みが、ナディア達に向けられた。うーん、モニカって改めて見ると上品な美人さんだねぇ。貴族の頃はきっと社交界の華だったに違いない。そんな彼女の笑顔に、女の子達が少し緊張を解いたように感じた。モニカってすごいなぁ。感心しつつ、その様子をぼーっと眺めていると、モニカが私へと向き直る。

「既に領主様への疑念など持ち合わせておりません。私が契約者となりましょう」

 丁寧にそう告げて頭を下げてくれた。『本当』のタグは、。だけど『嘘』でもない。きっと彼女は、疑念を一切持たないわけではないけれど私を信用する――という複雑な位置にいるんだろう。大人だね。しかし充分すぎる評価だと思う。外の人々から隠れ、ずっと怯えて暮らしてきた人なんだから。

「それじゃあ、早速」

 小さい針を取り出して、浄化魔法を目の前で掛ける。

 彼女は王様じゃないので、まあ私がやっても良いだろう。ケイトラントが後ろから鋭い目で見張っているのをにこにこ受け止めつつ、モニカの指先にそれを素早く刺して、血を一滴だけ拝借。勿論、すぐに回復魔法で治癒しておく。

「眩しいから、目、気を付けてね。――対象契約コントラクト

 守護石ほどすぐに光らなかったから、私の女の子達は一瞬、戸惑った顔を見せた。だけどじわじわ光り出すのを見てすぐに察して、ぎゅっと目を閉じている。私も眩しかったので手で目を覆った。光り始めるのと同じくらいゆっくりとした速度で光が収まっていく。魔法石は、今までとはまた違う美しい色で輝いていた。

「うわ~綺麗な魂! さすがモニカだねぇ」

 私の女の子達も、周りのお付きの人達も、ケイトラントも。魔法石を見て感嘆の声を漏らしていた。まるでオパールのようだ。透明さはないものの、真っ白な石。光の加減で橙色にも緑色にも黄色にも桃色にも変わる。見てるだけで楽しい。

「これで完成。何かあればいつでも呼び掛けてね」

 ちなみに王様の時と同じく、実験的に呼び掛けてもらって、私は念だけで応えた。ラターシャ達にも口頭では教えてあったが見せるのは初めてだったから、モニカ達と同じように「おお」って反応してた。最高。可愛い。

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