第155話_スラン村
昼食を終えて、食後の眠気に欠伸を一つ。呑気な昼下がりの部屋で、前触れなく私が収納空間からある物を取り出したら女の子達からの視線が一気に集まった。
「アキラちゃん……それ、いつの間に作ったの?」
引き攣ったような笑いを浮かべながらリコットが尋ねてくる。彼女が『それ』と言って指差しているのは、王様に献上した魔道具級の巨大な魔法石のことだ。テーブルの上へと無造作に転がしているが、みんなはちょっと引き気味に凝視していた。
「え、うーん、何かごろごろしてる時に」
「ブランケットの下でやっていたということ?」
私が宿で『ごろごろ』している時は大概、薄手のブランケットをお腹周りに掛けていた。ソファで寝そべっている時も、ベッドの上で寝そべっている時も。就寝時以外にはベッドの中にはあまり入らないので。さておき、『ごろごろ』している私を思い出したナディアが鋭い問いを繰り出す。その指摘が『鋭い』と気付いたのは、次の私の回答に対してナディアが眉を顰めてからだったけれど。
「んー、そう」
「どうしてわざわざ、隠しながらやるの」
「……あー」
今の私は少々寝惚けていた。そうだね、隠していたことを打ち明けたら意味がないね。「みんなが出掛けている時にちょっとずつ」とか言うべきだった。別に本気で隠し通そうと思っていたわけじゃないんだけど。
「ごめん、何となく、見ると不安になるかと思って」
安易に隠す手段を取るのがもう癖になっている。特に今は反動のことも知られてしまっているし、私が魔法石を作っているのを見掛ける度に、今日や明日に反動が出るんじゃないかってハラハラさせたくなかった。続いたナディアの溜息は長かった。
「ちゃんと説明してくれたら、無闇に止めるようなことはしないわよ」
つまり、隠れてやるんじゃなくて心配かけないように説明して堂々とやれと。確かにそれが最も誠実だと思う。私の性質として誠実さが無いので自然に選択されないだけだ。はい、気を付けます、と言って頭を下げた。溜息とは別の短い吐息で返事されたけど、安心したとか満足したとかじゃなくて、「ふん」って感じ。悲しい。
「それでこれは、どうするの?」
空気を変えるように、リコットは明るくそう言いながらテーブルを挟んだ正面に座る。すると他のみんなも椅子に座り始め、足りない分はわざわざ引き寄せてきて、魔法石を見学するみたいにしっかりとテーブルに着いてしまった。これは今回も、見守られながら工作することになりそうだ。
「通信用の魔道具その二を作るよ」
「あ、そっか、スラン村用だ」
「正解」
一か月以内に、通信手段を持って行くって約束したのでね。猶予を持たせたが、当然、早い方が良い。危機的状況というのはいつ襲ってくるか分からない。領主として宣言しておいて、いざって時に守れないどころか気付きもできないんじゃ格好が付かないので。格好の問題じゃないって、みんなは言いそうだけど。
とにかく王様に献上したのと似たような装飾で、魔道具を組み立てていく。部品はほとんど、魔法石生成と同じく隙を見て既に作っていた。唯一違うのは、魔道具にクヌギの紋章を付けたことくらい。クヌギ印の魔道具です。売らないが。
「モニカは血をくれるかなぁ」
黙々と組み立てている私の手元をみんなも無言で見ているのが可愛かったが、不意にそう零せば、それぞれ難しい顔をした。
「あなたが、言い方を間違えなければね」
御尤も。ナディアはいつも正しいことを言うね。自分が暗に非難されているのだけど他人事のような顔でうんうんと頷いた。
「他の人が説明した方が良くない?」
するとリコットが続ける。えぇ。最初から役目を取ろうとしている。それは寂しいなぁ。首を傾ける。
「絶対アキラちゃんから喋るから、被せちゃおうよ」
「それが良いかも」
一番辛辣な意見がルーイとラターシャから出ました。そりゃないよ。
「何も良くないよ私にも喋らせてよ」
「日頃の行いが悪いのよ」
「ぐぅ……」
言い返せないので、ナディアの言葉にぐうの音だけ返しておいた。まあ、いっか。彼女らの気が済むなら。場を引っ掻き回すのはあくまでも趣味であって、必須ではないので。……って言ったら怒るんだろうなぁ。
「よし、出来た。それじゃ早速、スラン村にお届けしに行こうかな。みんなも来るの?」
「当然」
「行く前に教えてくれてよかった」
女の子達が一斉に立ち上がる。うーん、勢いが良くてちょっと怖い。私が最後にのんびりと立ち上がって、のろのろと支度を始めた。上着を羽織って振り返ったらもうみんな準備万端だった。魔道具は布でくるっと巻いて、一旦は収納空間へ。持ち運ぶのは重いので。
「じゃ、行こうか」
また全員で移動です。前回同様、村からやや東の位置へと魔法で転移して、山道を歩く。前回の訪問で勝手に歩き易い道を作ってしまったので、今回は二十分も掛からなかった。住民らは人影に一瞬だけ怯えを見せたが、私達だと気付いてすぐに肩の力を抜いていた。門の傍に立っていたケイトラントも槍を手にした直後に気付いたようで、それをまた肩に落ち着ける。
「アキラか」
「毎回、驚かせてごめんねぇ。今度からはアキラだよーって言いながら近付いたらいい?」
「それはやめろ……」
ふふって可愛い笑い声が背後で聞こえる。ルーイが笑ってしまったらしい。私が「アキラだよーアキラだよー」って木霊させつつ歩く様子を想像したようだ。見れば他三人も、笑いを噛み殺していた。
「それで、今日はどうした」
「またモニカに会いたいな。連絡手段として、魔道具を贈呈するから。これ」
「どっ……何処でそんな巨大な魔法石を……」
徐に収納空間から取り出した魔道具をドヤっと見せたら、ど真ん中に設置されている魔法石、多分その大きさに、ケイトラントが仰天していた。楽しい。
それでも小さな溜息で気を取り直して村の中へと招き入れてくれるケイトラントは大人だなぁ。そういえば彼女は幾つだろう。私より歳上かもしれない。
ケイトラントは多分、私達を適当なところで待たせてモニカを呼びに行く、または私らの訪問を伝えに行くつもりだったんだろうけど、奥の方からモニカのお付きの一人が此方に歩いてきた。既に誰かが知らせてくれたみたいだ。恭しく私に一礼すると、モニカの屋敷へと案内してくれると言った。わーい、ありがとう。
そうして案内されるまま奥へとぞろぞろ進む。ケイトラントも一緒に付いてきていた。まあ、大事なモニカと私が会う場なんて、君は警護せずにはいられないよね。簡単に信用して警戒を解かないところ、結構好きだよ。
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