第152話

 きっと、魔法を扱えるようになりたい気持ちも嘘ではない。リコットにだってナディアと同じように、みんなを守りたい思いがある。妹のようなルーイは勿論、いつも守ってくれるナディアのことも。

 それでもリコットにはリコットの、みんなと築きたい関係性の形があるはずだ。私の勝手な考えで歪めて良いものではない。だから私は彼女にどちらを促すつもりも無かった。

「今までの成長を見る限り、おそらく君が一番、魔法の素質があると思う」

 私の告げた『一番』という言葉に、リコットは何処か傷付いたように眉を寄せた。もしもルーイが『一番』ならば、彼女は笑顔を見せてくれたんだと思う。迷いなく、手放しで喜べたんだと思う。

「しかもリコには土属性もある。護身用として有益な魔法が本当に多い。扱えるようになれば、みんなの中で誰よりも頼りになる魔術師になれるだろうね。でも私は、リコの気持ちをないがしろにしたくない」

 丸くなったリコットの背を撫でる。私の真意を問うように、頼りない目でリコットが見上げてくるのを、笑みで応えた。

「一生、隠す決断をしても構わないよ」

 これは本心だ。リコットがそれを望むならそれでいいと思っているし、私がそれに協力したっていい。

「ただ、何かあった時に後悔してしまうのは違うよ。だから練習だけは、これからも全力でやろう。協力するからさ」

 高いレベルの魔法を扱える可能性がある以上、扱えるようにはなっておいた方が良い。有事の際、守りたい者が守れない自分を後悔してほしくない。力を持った上で、使うかどうかを選ぶ。その方がきっと後悔しないと思った。

 私の言葉に、俯いたままで頭を揺らして、リコットが頷く。

「……そうだね、ありがとう。ごめんね、まだしばらく、内緒にはしておいて」

「分かったよ」

 下がったままの頭をよしよし撫でたら、ちょっと強かったみたいでリコットの頭が更に沈んだ。あ、ごめん、首、痛くなかった? 軽く覗き込むと、可笑しそうに目尻を下げているリコットと目が合う。大丈夫そう。

「じゃあ、はい、木片。やってみよー」

「いつも私だけ雑だな~」

 私の差し出した木片を、リコットが苦笑いで受け取る。ラターシャにこれをやると脇腹を小突かれるってことを今日学びましたよ。

「くるってしてみて」

「早速それ?」

「できるよ、リコは」

 これは意地悪でも冗談でもない。本当に出来ると思った。リコットは少し口を尖らせながら、手の平に乗せている木片を見つめる。木片はゆっくりとリコットの魔力に包まれて、じりじりと、だけど確かに一回転をした。

「すごいねぇ、本当にすごい」

 彼女は一発で、『魔力で対象を掴む』段階をクリアしてしまった。しかも思い通りに動かせている。ラターシャに課した『対象を揺らす』どころの話ではない。

「浮かせられる?」

「うーん」

 リコットが首を傾ける。浮かせる為には、揺らしたりその場で回転させたりするよりも魔力が必要だし、対象の底面を均等な力で押し上げなければならないので難易度がぐんと上がる。リコットも眉を寄せていた。木片が、カタカタと揺れている。押し上げようとしているものの、バランスが難しいみたいだ。流石に浮かせるのはもう少し掛かるかな? と思ったところで、直後、少しだけ浮いた。すぐに手の上に落ちてしまったものの、この短時間で此処まで出来るなら浮かす段階も今日中に出来そうだ。

「うん、最高。想像以上!」

 小さく手を叩いて絶賛してみると、リコットは照れ臭そうに口元をむにゃむにゃしている。可愛い。

「風の方はこの段階を練習してみて。浮かせて、出来るだけ長く保つこと。みんなに見付かりたくないなら、分からない程度にほんの少し浮かせるのでも良いよ、要領は一緒だから」

「うん」

 さて、風魔法のレベル2講座は一旦これくらいで、このまま土属性も説明しましょう。

「土属性も、離れた場所に出すのと、操るのがあるけど」

「こういう固い土を操れるの?」

「うん、楽しいよ。ほら」

 言うや否や、私の足元の土がぼこぼこと動いて、固まっていた地面が少し掘り返された。勿論、私の土操作魔法で。

「うわ、キモ」

「酷い!」

 ルーイみたいなきらきらの目で「すごい!」って言ってよ! 心底気持ち悪いものを見た時の顔で言われて悲しい。

「これは畑仕事で便利ですよ!」

「ああ、確かに、耕せるね~」

 一生懸命、この魔法の魅力をアピールしてみる私に、リコットがけらけらと笑う。でも私達、畑は別に持ってないんだよな。遊牧民ですからね。いや牧畜もしてないが。うーん、私達にとって有効な使い道は何だろうかと思考を巡らせて、思い付いた一つを口にする。

「あと、落とし穴も掘れる」

「よし、じゃあそれで」

「好戦的~」

 急にノッてきたリコットに、私も思わず笑った。外で魔物から襲われた時、穴に落として逃げる時間を稼ぐという思考の方が、ありもしない畑より、まだ分かりやすいようだ。

「感覚は一緒?」

「うん、そうだよ」

 自分の魔力で土を掴んで、操作する。リコットはじっと足元の土を見つめて、そちらへと魔力を伸ばす。この子、魔力を伸ばす時に何の動作も無いんだよな。手を翳したりもしない。普段から隠して魔法を使ってるせいで癖になっているのか、動作を付ける方がこの子にとっては集中の妨げになるのか。前者もありそうだけど、なんとなく、後者っぽいなと勝手に思う。

「最初は指先が入るくらいの穴でも良いよ」

「あー、なるほど、そうだね、小さい範囲から……」

 さっきよりも苦戦しているようだったのでアドバイスしてみる。ちゃんと魔力は浸透していたけれど、動かすのに手間取っていたから、多分、範囲が問題だと思ったのだ。案の定、浸透範囲を狭めたらすぐ、ぽこん、と小さく土が弾んだ。

「お! ナイス、そうそう、そんな感じ」

「やっぱり見た目がキモくない?」

「やめなさい」

 そんなに何度もキモイとか言ったら可哀相でしょ、土属性魔法が。私の言葉に楽しそうに笑うリコットは、最初に土操作を見た時ほど表情を歪めていないので、今は私の反応が楽しいみたいだ。

「土操作の練習は、靴の下とかで隠してやればいいからね」

「アキラちゃんってどうしてそんなに隠す手段をぽんぽん思い付くの? 隠し事に慣れてるから?」

「やめなさい」

 その後も散々リコットは私を揶揄って笑った後で、小さく「ありがと」と言った。も~~~私の女の子達がみんな可愛い! ぐしぐしと頭を撫でると「ラターシャじゃないよ」って言われた。ラターシャじゃなくても撫でたいの!

 私がリコットの個人練習に付き添ったのは十五分ほど。あまり長く三人から引き離しても不審に思われるだろうからと、そこそこで切り上げ、一緒にみんなのところに戻った。

 みんなが周りにいる間は、上手に隠しながらリコットも練習を続けていた。誰も彼女に違和感を抱く様子は無い。というか、自分の練習に夢中になってる感じ。私と馬二頭だけが呑気に、泉の脇でゆったりと過ごしていた。勿論、気付いたことがあれば時々アドバイスもしたけどね。みんな、熱心で可愛いねぇ。

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