第151話_第三回魔法講座(3)
前回、夜のデートで火起こしをしてもらったからナディアは特にテストも必要ないんだけど、一応、今回の魔法説明に必要だったので焚火の点火をしてもらう。しっかりとした火が立ち、薪がパチパチと音を立て始めたところで、ナディアを振り返った。
「火属性のレベル2は三種類」
昨夜も説明したが、改めて。離れた場所への点火、炎生成、そして火を操ることの三つだ。
「離れた場所への点火は、魔力を離れた場所へと送って、そこでぎゅっと高濃度魔力を練って、パッと散らす」
言いながら、焚火の近くに私が火花を出した。見えたかな、と目配せしたら、ナディアが頷く。
「炎生成は、出したい炎の大きさに魔力を集めて、魔力を燃焼させるイメージだよ。これくらいの炎なら」
指でオーケーサインを作って、その輪の中に魔力を溜め込む。
「この中に魔力が今溜まってる状態ね、それで、燃焼。魔力が火に変わるイメージかな」
手を退けてから、オーケーサインの輪っかと同じ大きさの炎を出す。またナディアが頷く。イメージとしては今まで他三人がやっていた生成と近いので、違和感も無いのだろう。
「最後は、火を操る。これはルーイ達に言ったのと同じ感覚だよ。自分の魔力を炎に浸透させて、魔力で炎を掴んで、動かす」
焚火が、風も無いのにぐにゃりとうねって、そして小さな火の玉が焚火から浮き上がる。ナディアはそれを見て、何かに気付いた様子で目を瞬いた。肯定するように、私も笑みで応える。
「そう。生成しなくても、元になる炎があればこうして大きな火を手元に持ってこられるんだ」
料理をするなら、これでもいい。むしろ魔力消費の観点で言うと、自分で生成するよりずっと効率が良い。慣れればライターの火を生成するよりも小さな魔力で、バスケットボールくらい大きな火が手元に出せるんだから。
「さて。ナディはどれからやりたい?」
「……今のを見てしまうと、そうね、操るのが最初かしら」
そうなるよね。
勝手はルーイ達と同じだと説明したら、ナディアはまた頷いた。
しかし火属性は練習の段階でも最も危険なものだ。火花でも心配だったのだから、炎の操作はもっと怖い。風向きが変わったら思いも寄らずに火が近くに来る場合もあるから一定の距離を保つようにと言い含める。私が心配し過ぎたからか、またちょっとナディアは笑いそうになっていた。いやいや、でも本当に危ないからね。絶対に怪我しないでね。
「とにかく、まずは思い通りに揺らすところからやろう」
私の言葉にナディアが軽く頷き、魔力を火の先に向かって伸ばしてく。ナディアは火花を作る為に魔力を全身で練る癖が付いているから、他の誰よりも強い濃度で、目標に到達していた。しかしゆらゆら揺れる火の先を、捕まえられない。
「他と違って、動くからねえ、火は」
「そういう難しさは考慮していなかったわね……」
項垂れるナディアに、思わず小さく声を出して笑ってしまう。怒らせてしまうかと思ったが、ナディアの目は真っ直ぐに炎の先を見つめていた。もうほとんど、集中し始めているみたいだ。あまり邪魔しない方が良さそうかな。
「上手くタイミングを計って、えいって掴んでみて」
「……やってみるわ」
此処でナディアも授業は終わりです。じゃあ最後。一人だけ残っていた見学者を振り返る。
「リコはちょっと移動しようか。こっちに来て」
「アハハ、呼び出しだ~」
私の言葉に笑いながらも彼女は従順に立ち上がって傍に来た。他の三人は自分の手元に集中していて、此方をあまり気にしていない。可愛い。一度リコットと目を合わせて、そんな気持ちも共有しておく。
「すぐ近くに居るから、何かあったら大きい声で呼んでねー」
少し声を張って三人に伝えると、みんなちゃんと顔を上げて了承を告げてくれた。
そのままリコットを連れて、泉の縁を歩くようにして森の方へと入り込む。それでもまだ大きめに囲っている結界の中ではあるので、魔物などの心配は無い。
ちょっと進んだら、やや開けた場所に出た。岩もゴロっとしているし、椅子になって丁度いいかな。適当に手で砂を払って、腰掛ける。
「まあまあ、リコも座って」
「はーい」
隣に呼べば、また素直にリコットが従ってくれる。二人で並んで岩に座っている光景、ちょっとシュールかもしれないな。
「さて、リコットさん」
「はい」
改まって声を掛けたら、応じるみたいにリコットも改まって返事をくれる。私は視線だけでもう一度、リコットのステータスを確認した。
「どうして魔法、みんなに隠してるの?」
「あー。アハハ」
「アハハじゃないのよ」
実は少し前から気になっていた。最初に魔法を教えた時、みんなの魔力量は大差がなかった。ルーイがやや少なかったものの、それはまだ子供だからだろうし、そういう意味ではルーイは筋のある方だ。私の手に送ってくる魔力も一番、強かったからね。だけど今は、リコットだけがみんなの倍近く、魔力量がある。昨日、ラターシャと『同じこと』をやって魔力残量がレッドラインになったのは嘘だ。ラターシャと練習する前、彼女は彼女で別の練習もしていたんだと思う。
二属性の適性を持っているのとは、おそらく関係が無い。この子、魔法に対してかなり素質がある。最初から魔力の練り方は異様に上手かった。生まれ持ったセンスだろう。扱ったことが無くて、組織に入ってからは完全に封じられていた為、最初は一般人レベルの魔力しか無かっただけ。今はほんの少しの刺激でぐんぐん伸びている。
「風ももう、かなり大規模に生成できるでしょ」
「うーん、多分。部屋では出来ないから規模はよく分からないけど、外に出て、風の強いところで、風を押し返して遊んだりは、してる」
「あ、昨日もそれやってたの?」
「アハハ」
いやだからアハハじゃないのよ。そういえば昨日、私が本屋に出掛けている間はリコットも出掛けていた。何をしていたかは聞いていないし、魔力量を確認したのもお風呂上がりが初めてだ。対象となる風の強さとか、遊んでいた時間の長さによっては、本人の自覚しない範囲まで消費してしまうこともあるだろう。加えて部屋でラターシャと一緒に新しい試みをした結果、あんなに減ったんだね。
「で、なんで隠してるの?」
以前に部屋で一人練習していたのを見付けた時も、かなり強い魔力濃度の欠片があちらこちらに落ちていた。部屋全体だ。もうリコットは、あの五人部屋くらいなら、全体を吹き荒らすことが出来るらしいが、それを私達には見せようとしていない。明らかに、隠そうとしていた。
「いやー、何かさ~……」
リコットが座ったままで上体を倒し、片腕で頭を抱えるようにして項垂れる。
「使えるようになりたくない?」
「なりたいよ、そりゃ、いっぱい使えるようになりたい。でも……みんなと、一緒が良い」
「うん」
それが彼女の迷いの全てだと思った。
リコットはいつも、みんなを見て、バランスを取るように動いてくれる調整役だ。きっとそれは私と出会うよりもずっと前からそうだった。そんな彼女だからこそ、自分だけ突出はしたくなかったのだろう。
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