第150話

 傍に私が歩み寄ると、ラターシャがパッと立ち上がった。いやいや、まあまあ、まだ座ってて良いよ。手振りで促して、再び座らせる。リコットは立ち上がろうともしていなかった。分かってらっしゃる。気が逸るのは分かりますが、まずは説明しますよ。

「風は、遠くに移動させるのと、近くに引き寄せるのだっけ?」

「そうそう」

 昨夜の内容を確認するようにそう言ったリコットに、私も頷く。

「これもね、水を操るのと本質的には似ているよ。魔力を帯びていない物体しか、移動させられない」

 しかしこの説明に、リコットとラターシャが少し変な顔をした。リコットは考えるように視線を落とし、ラターシャは首を傾ける。よしよし、賢いね。同じ風属性の魔法で、今の説明と矛盾するものがあるよねぇ。

「人間は、魔力を帯びているよね?」

「その通り」

 けれど私は風魔法で飛んでいるし、自分以外の誰かも飛ばせてあげられる。先日も、問答無用でリコットを浮かせて膝の上へと乗せたばかりだ。……二人はどちらも被害の経験があるから瞬時に気付いたのかな。

「つまりね、『飛行』はレベル2とは全く違う魔法なんだ」

 だから残念なことに、二人がレベル2を完璧にマスターしても、飛行することは出来ない。そう告げると、二人が明らかに肩を落としていて笑ってしまった。飛行は多分、レベル5より上だろうね。だから誰も空を飛び回っていないんだと思う。ほとんどの魔術師が、使えないんだろう。

 ちなみに自分が飛ぶのと、他人を飛ばせるのもまた違って、更にそれらを同時に行うのもまた勝手が違うので、それぞれレベルが異なりそう。こんなことも、私が段々と魔法の知識を得ていて、そしてみんなに教える為にと解析しながら魔法を使うようになったから気付いたことであり、当初ラターシャと共に飛行していた時は何が難しいかも分からずに使っていた。……何にせよ今は彼女らが使うものではない。説明は割愛。

「ってことで、今から君達が挑戦するのは、魔力を帯びていない物体を操る魔法ね。これは、水や火や土になると駄目なんだ。魔力は帯びていないけど、属性が邪魔をする。だから『無属性の物体』だけが対象だよ」

 勿論、氷もダメだし、雷もダメ。そして生命は必ず魔力を帯びる為、動物は勿論、植物もダメ。だけど例えば木材とか、既に刈り取られて物体になっているものなら可。まあ、この辺りは知識で覚えなくとも、その内「あ、これ魔力帯びてんなぁ」って分かるようになる。魔力感知・探知だね。

「大体イメージは水と一緒。第一段階、物体の周りを覆う『空気』に魔力を籠めるようにして、物体を掴む」

 収納空間から新しいテーブルを出して、その上に小さな木片を置いた。三センチくらい。これはもう生きていないので動かせるやつです。

「第二段階は、魔力で掴んだ物体を揺らす。その次に浮かして、更に次の段階で、移動させる」

 順に説明しながら、実演する。木片の動きを目で追っている二人と、見学者のナディアが可愛いです。

「遠くに移動させる方からやりたいなら、物体を手に乗せた状態で。近くに引き寄せる方からなら、手を離した状態で。うーん、ラタはどっちをやりたい?」

 私の問いに、ラターシャは難しい顔でじっと木片を見つめた。

「引き寄せる方かな。イメージは難しそうだけど、そっちの方が使えそうだから」

「分かった。リコは?」

「じゃ、私は逆にするよ。違うことを出来る方が、何かあった時に補い合えるし」

「それは良い考えだね」

 素直に感心して、思わずリコットの頭を撫でた。うわナディアに睨まれた。撫でただけなのに。

 でも本当に良い考えだなぁって思ったんだよ。私が居る間は何でも私に頼れるかもしれないけれど、不在にすることが一番多いのも私だ。万能型が居ない時、みんなだけでも出来ることの幅は広い方が良い。ラターシャは彼女の意見を聞いて、先に選んでしまったことを少し申し訳なさそうな顔をしていたが、リコットは「私はどっちでも良かったんだ」と笑っていた。

「先にラタ、やろうか。リコはもう少し待ってね」

「うん」

 私が浮かせていた木片をテーブルの上に戻して、その正面にラターシャを座らせる。

「よし、頑張れ」

「ねえ」

「ふふ、冗談だって」

 何も説明せずにさせようとしたら怒られました。楽しい! って思った直後、脇を殴られました。うぐ。すみません。

「自分の魔力を送って、この木片を覆う。魔力で『掴む』感覚だ。本当は空気にラタの魔力を沁み込ませるんだけど、物体を掴もうとしたら自然と浸透すると思う」

 もし魔力を伸ばしても、物体に触れられずに空振りするようなら、魔力濃度が薄いか、浸透が失敗していることになる。しかし、こればっかりは自分の感覚だ。とりあえず本人がやってみて、コツを掴んでもらうしかない。今度こそ本当の意味で「やってみて」と言えば、ラターシャが頷いて、両手を木片に向かって翳した。今は第一段階の中でも更に初級なので、手から木片までの距離も十五センチくらいに留めている。

 ラターシャから、魔力が伸びる。風生成も、他の属性に比べれば遠くに魔力を伸ばす感覚があるので、他属性より、やり易いのではないかな。魔力がゆっくりと木片に近付いて、確かに到達した。けれど周りをふわふわと包むばかりで、うん、纏まっていないな。

「魔力が少し分散してる。もっと物体の近くに、ぎゅっと高濃度で取り囲むイメージだよ」

「う~、難しい……」

 可愛い。唸ってる。撫でよう。ぐりぐり撫でたら本人に睨まれました。邪魔をしてごめんなさい。

 一生懸命、纏めようとしているのは分かる。右を寄せたら左がふわつく感じだな。

「とりあえずもうちょっと自分でやってみる?」

「うん。頑張ってみる」

「分かった、また見に来るからね」

 ラターシャも此処からは自主練です。で、次は、……うーん。

「ごめんリコ、もうちょっと待ってくれる? 先にナディやろ」

「え? 私は最後で良いけれど」

 私の言葉に驚いた顔をしたのはリコットよりも、ナディアだった。目を三度瞬いて、私を見上げている。そしてそれに首を振ったのも、私じゃなくて、リコットの方だ。

「ナディ姉が先でいいよ。私は二つ属性があるからさ」

「そうそう」

 本当の理由はそれじゃないけど、まあ、ナディアが納得した顔をしたので、一旦はそれが理由ということにしよう。

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