第148話

 そんなきらきらした目で見られたら、どうしたって断れませんよ。私は肩を竦めた。

「はぁ、分かったよ。じゃあ明日、順番にやろっか」

「やったー」

 ルーイが嬉しそうに両腕を上げた。うーん可愛い。抱き締めたい。でもちょっと近付いただけで視線を向けてくる二人のお姉ちゃん達が怖くて出来ない。つらい。さり気なく詰めようとした距離を、またさり気なく後退して戻した。

「あー、けど、泉の方まで出た方が良いかな。ナディのは特に、外じゃないと危ないし」

「そうよね。……ありがとう」

 ごめんって言うかと思ったけど、お礼言われて嬉しくなっちゃった。頬を緩ませる私を見て、他三名が笑う。思考がだだ洩れですね。もしかしたらナディアはそうして私がご機嫌になるのを知っていて、言葉を選んだのだろうか。そうだとしたら長女は本当に怖い人だ。

 そんなこんなで明日は、朝食後にまたサラとロゼを連れて、泉に行くことに決定した。

 明日に備えて早く寝ようって空気になり、いつもより少し早くみんなが布団に入る。そんな張り切った様子も可愛いんだけどね、私はちょっと辛いんだよね。何がって、眠くないのにベッドに横になるってことは、考える時間が増えるってことなので。

 すっかり消灯された部屋で、薄っぺらいカーテン越しに二つの月が齎す夜の光を眺める。

 あー。

 だめだねぇ。

 城から帰ってきてすぐの夜は、この明るさにホッとしたものだけど。今夜は少し落ち着かない。眠るまでどの程度、時間が掛かるだろうか。その間ずっと、鬱々としていたくない。とは言え、外に出る気にもならないなぁ。は~。どうしよ。

「ねーナディ」

「……なに」

 ベッドの並びはレッドオラムに来てからずっと固定だ。私の隣がナディアで、その隣がルーイ。向かいにはラターシャとリコット。リコットの方が私に近い。つまり私から子供達を離すように配置されているわけです。どうしてだ。いや他意は無いと思う。そう思いたい。

 さておき。この部屋で、私の隣はいつもナディアだ。声を掛けたら返事をくれたけれど、目は閉じたまま。言葉を続けなければそのまま寝るぞという意志が見え隠れする。ただ、幸いこちら側に身体を向けているので顔はよく見える。

「一緒に寝よ」

「嫌」

 え。そんなノータイムで断ることなくない? 断るにしてもせめてちょっと「こいつ何言ってんだ」って目で睨むとかさ。ナディアはずっと無表情で、目も開けない。答えたのが本当に彼女なのか疑うくらい無感動な反応だ。リコットのベッドから「ふふっ」って声が聞こえた。笑われている。

「え~~~じゃあリコ、一緒に寝て~」

「あっはは!」

 駄々を捏ねるみたいに唸ったら、リコットは大爆笑。ナディアはその音に紛れるみたいに溜息を零している。でも身体を起こしたリコットが「まあ私は良いよ」と続けると、ナディアは驚いた様子でパッと目を開けた。

 リコットは、そんなナディアの様子を何も知らない顔で、躊躇いなく私のベッドへと歩み寄ってくる。いや、リコットに限って本当に気付いてないなんてことは無いので、知らぬふりをしているのだろう。そしてそのままナディアに背を向ける形で、私のベッドの中に滑り込んできた。

「添い寝するだけでしょ? 変なところ触らないでね」

「ふふ。うん」

 勿論です。部屋にはみんなが居るし、何より、その内二人が子供ですからね。

 嬉しいなぁっていつも通りリコットを抱く形で腕を回したら、リコットは身体をちょっと枕の方へと上げた。

「今日は私が抱っこしてあげる。アキラちゃんこっち」

 そう言って、私の頭を抱え込むみたいに引き寄せてきた。逆らわずに従うと、顔がリコットの柔らかい胸に当たる。

「わー、サービスが良いねぇ」

 大人しくその腕に収まりながら、私もリコットの身体に腕を回した。ああ、これならちょっと落ち着く。何にも考えずに眠れそう。

 眠る時にだけ下ろしている私の髪を、リコットは何だか楽しそうに指で梳いている。うーん、気持ちいいな。さっきまでは少しも眠くなんてなかったのに、すぐにとろとろと眠気が襲ってきた。

 もうほとんど意識を手放す寸前に、甘ったるい声で「もう寝ちゃった。かわい」って囁かれたのが後押しになったみたいに、すっと私は眠り落ちた。


* * *


「……リコット」

 アキラがすっかりと眠り落ちた後。それを優れた聴覚で聞き取ったのか、見計らったようにナディアが小さな声でリコットを呼ぶ。しかしリコットはアキラの頭を抱えている為、眠ったとはいえども簡単に身体を起こしたり、背中側に居るナディアを振り返ったりは出来ない。少なくともリコットは、それでアキラを起こしたくはなかった。

「もうアキラちゃん、眠ってるから」

 そのままの体勢で、先程のナディアよりずっと小さくリコットが囁く。それでもナディアならば聞こえると考えてのことだろう。

「おやすみ、ナディ姉」

 振り返らないまま、リコットはそう続けた。話は終わりだと告げるようだ。もしかしたらナディアがどうしてリコットを呼んだのか、すっかり察していたのかもしれない。ナディアは小さく息を吐くと、「おやすみ」とだけ返して、それ以上は何も言わなかった。

 静まり返った部屋。おそらく成り行きを見守りつつはらはらとしていただろうルーイとラターシャも、そこでようやく肩の力を抜いて、眠りに就いた。

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