第124話_幕間(カンナ)2

 沈黙を破ったのは、王様からの「顔を上げなさい」の言葉だった。二人はゆっくりとした動作で姿勢を正し、真っ直ぐに彼を見つめる。

「今朝、アキラ様から手紙が届いた。カンナ、君宛だ」

 昨夜アキラが書いていた手紙はカンナへ宛てたものだった。そしてメモは王様に対して「カンナにこれを渡して」という指示を認めたもの。アキラは転移魔法を応用し、手紙とメモを通信用魔道具の傍へと送り付けていたのだ。休む際には王様の寝室へと移動されているあの魔道具。目覚めた時にそれを見付けた王様は、慌てて身支度を整え、側近らと相談の元、カンナを呼び付けたというのが今回、彼女が此処へと呼ばれた経緯である。

 しかし、本人をわざわざ国王の執務室にまで呼ばずとも良かったはずだ。手紙を届けるだけならば、従者を使えば良い。つまりカンナが呼ばれた本当の理由は、アキラの指示に従った王様がこの手紙を渡す為ではなかった。

「……この手紙の内容について、何か覚えは?」

「いいえ。ございません」

 先程カンナは侍女長から全く同じ問いを受けた。侍女長は、国王陛下やそれに準ずる方々から何かの怒りを買ったのではないかと怯えてそれを問い掛け、一方で王様は、アキラからの怒りに怯えている。妙な可笑しさを感じてしまったカンナだったが、共有していい感想ではないだろう。無表情のままで王様を見つめ続ける。

「アキラ様からの預かり物を我々が勝手に確認するわけにはいかないが、……カンナ、君がこの場で手紙を確認し、可能ならば内容を明らかにしてほしい」

 本来、侍女個人に来た手紙、または送る手紙が検閲されるようなことは無い。彼女らはただの従業員であり、囚人ではないのだ。そもそも外出も制限していない者達の手紙に検閲を掛けたところで、何の意味も無いのだから。つまり王様のこの願いは常識的なものではなく、だからこそ王様は今渋い顔で、「申し訳ない」と言葉を加えている。

 だが彼の憂いは大いに理解できる。この国と、救世主であるアキラの関係は危うい。城の誰かが王様の知らぬ場所でアキラに関わり、知らぬ内にアキラとの縁がこじれるようなことがあれば困るのだ。カンナはそのような事情を理解し、躊躇せずに了承の意を伝えた。

 彼女の返事に応じて、銀色のトレーに置かれたアキラの手紙とペーパーナイフがカンナの前に差し出される。カンナは礼を述べた上でそれを受け取り、ナイフで丁寧に封を切った。中に入っていたのは便箋が一枚だけ。二十秒ほどもあれば読み終えられるくらいの、短い内容だ。無表情のままで目を通し、すぐにカンナは視線を上げる。

「特に、お伝えするに困る内容はございません。お会いした夜に対する労いと、私の体調を案じる内容です。……そして陛下へこの手紙を開示して構わないとも、明記してございます」

「……なるほど、お見通しか」

 額を押さえて王様は項垂れる。カンナは開封したそれを傍に控える従者に預け、王様らにも開示した。

 そこにあったのは彼らが知るアキラよりもずっと素直で優しい彼女の言葉だった。『あの夜は少し無理をさせたかもしれない』という言葉に始まり、今の体調に問題が無いかを問い、『問題があればきちんと休んでほしい』と続き、それに対して『王様がこの手紙を気にするだろうから、体調に問題があるなら開示する時に報告して配慮してもらってほしい』とあった。

 つまりアキラは、今回この形で届けることで、むしろ内容を気にとしたのだと知って、王様が改めて項垂れる。

 手紙の最後は、『カンナの淹れてくれたお茶がとても美味しかった。安心できて、嬉しかった。あの夜が君で良かった。本当にありがとう』と締め括られていた。

 確認を終えた王様は、内容を控えさせることも無くそのままの形でカンナへと返した。

「不躾な真似をして、すまなかった。……アキラ様がご心配をなさっているようだが、体調に問題は無いか?」

「はい、ございません。アキラ様が仰るような『無理』を私は求められておりませんし、全ての言葉、行動が私のような者に対しても優しい御方でした」

「そうか。……後々でも、もし何かあれば、いつでも言うように。侍女長も、気を付けておいてくれ」

「はい」

 侍女長が返事と共に頭を下げるのに合わせ、カンナも頭を下げる。

「アキラ様が心穏やかに城での夜をお過ごし下さったことも分かって安心した。今回は本当にご苦労だった」

 その後も短い言葉で王様はカンナを労い、それ以上は何を求めることも、聞くことも無く、そのまま解放した。

 執務室を退室して少し廊下を進んだ後、侍女長が明らかに安堵の息を吐く。そして彼女の緊張が緩んだ隙を縫うようにして、カンナは口を開いた。

「救世主様からのお手紙を、自室へ置きに戻っても宜しいでしょうか」

「ああ、ええ、そうね。尊い御方からの頂き物です、丁重に扱わなければなりませんね。他の者へは私から伝えておくわ」

「はい」

 侍女長とも別れ、カンナは城の片隅に自らへと与えられた部屋に向かう。アキラによって送られた手紙を大切に胸に抱いている彼女は、普段の彼女にしては多分な感情を瞳に宿していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る