第125話

「街の外で工作してくる~」

 部屋だと汚すから。

 城から戻った翌日はよく晴れていたので朝食後すぐにそう言って出掛ける準備をした。四人は私の言葉に応じる前に互いにちらちらと視線を合わせ、そしてリコットが上着を手に取る。

「一緒に行くー」

「今日はリコ?」

 私の見張りは継続中だ。担当者を決める目配せだったかなと思って笑うと、そうではなかったらしくて。

「みんなで行こ~」

「えっ、みんな来るの?」

「何か問題でもあるの」

 振り返ったら本当に全員が出掛ける支度を始めていた。驚いている私に、ナディアが何処か不満そうに目を細める。一拍遅れてから、私は力が抜けるみたいに笑った。

「ううん、面白かっただけ。じゃあみんなで行こうか」

 私の工作なんて何度も見ているだろうし、全員で引っ付いて来るほど楽しいものではないと思うのに。もしかしたら久しぶりに街の外に出たかったのかな? それならついでだから、サラとロゼも連れて行こうか。みんなにも提案してみたら全員が一様に嬉しそうな顔をした。うーん、私もそんな可愛い顔で歓迎されたい。やや妬ける。

 二頭を迎えに行く前に工作材料を揃えるのに工務店にも寄ってから、久しぶりに全員揃って街の外へ。正直、外であれば何処でも良かったんだけど。折角みんなが居るんだし、サラとロゼも気持ちよくお散歩したいだろうということで森の奥にある泉の辺りまで移動した。

「お~、綺麗なとこ!」

「入るの? 水生の魔物も居るんじゃないかしら」

「もう結界で押しやったから、向こうの岩までなら大丈夫だよ」

 恐る恐る泉を覗き込んでいた子らも、私の言葉にぱっと表情を明るくすると、靴を脱いで足を付け始める。可愛いなー。私たちしか居ないし全部脱いでくれていいですよ。私が居る限り絶対してくれないとは思うけど。

「サラ、ロゼ。此処の水は飲んでも大丈夫だよ。なんて、馬の方がよく分かってるかな」

 二頭も好きに遊べるようにと、出来るだけ馬装具も外してやった。残した一部に、私の魔法石を取り付ける。王様に通信用魔道具を作った時に気付いたんだけど、私、自分の魔法石の位置が分かるみたいなんだよね。守護石とかにしなくても。だからこれを付けてさえいれば、サラとロゼが私から見えないところまで遊びに行っちゃってもすぐ捕まえられる。

 まあ、あんまり私達から離れないと思うけどね。大きめな結界を張ってるから周辺は大丈夫だけど、離れ過ぎると魔物も居るので。そういう危険感知は馬の方が余程鋭い。

 みんなにもその旨を簡単に説明して、泉の傍に椅子やテーブルを出してからは、後は自由にしてもらうことにした。

 さて。今回の工作も木材を使います。幾つかを接着して分厚い木製ブロックを作った後、私の転写魔法で表面にクヌギの紋章を写した。最初は泉で遊んでた女の子達だったが、私が工作を始めると結局、興味津々に見つめてくる。

「格好いいね、それ、何の模様?」

「私の紋章だって。王様達がデザインしてくれたらしい」

「何処にそれを掲げるつもり……あ」

 質問途中で答えを察したナディアが声を漏らすのを、私は口元を緩めるだけで応えておく。

 その後は女の子達や馬達が楽しそうに遊んでる声と音をBGMにしつつ私は工作に没頭した。紋章の形に添って木材を削り、紋章型の盾のようなものが完成。更に金属の板で縁取りをして、表面の模様には一部、色の塗料も入れて紋章が分かるように強調させる。

「器用なものね……」

 不意に入り込んだ声に軽く視線を上げたら、ナディアは泉のすぐ近くの岩に腰掛け、濡れてしまったらしい髪を結い上げていた。泉を背景にするとそれだけで君はとんでもなく絵になるね。目を瞬いた私に、少し不思議そうに首を傾けたから、何でもないよと首を振る。ついでに彼女の手元へ幾つかタオルを出しておいた。

「でもアキラちゃんって工作してる時だけ無表情なの笑えるよねー」

「一人で作業してるんだから流石にニヤニヤしないよ!」

 する時もあるかもしれないけど。という言葉が頭を過ぎるが、余計なことは言うまいと短く沈黙したら、よりによってルーイから衝撃的な感想が続く。

「普段がニヤニヤ顔だって分かってたんだね」

「ルーイにそう思われていたのはショックだけどね!?」

 みんなに大きな声で笑われてしまった。つらい。身に覚えがあるから何も言えない。

 とりあえず笑い者にされつつも着々と工作は完成に向かっている。後は保護用の塗料で仕上げて乾かすだけだ。使い終えた工具を片付け、塗料の準備をする。その時、徐にルーイが私の傍に歩いてきた。

「どうしたの、ルーイ。これから塗料だから、離れてた方が良いよ」

 こういうものは少し刺激のある臭いもするから、子供のルーイには辛いだろうと思う。あと、身体にも悪そう。だけどルーイは「んー」と言うだけで離れようとはせず、そのまま私が座る椅子の傍にしゃがんだ。

「アキラちゃん、今日もちょっと元気ない?」

「……そう?」

 今日はとても天気が良くて、雨どころか曇りでもない。だから工作日和だって外に出てきたくらいだ。私は少し返答に困った。前回のように苛々しているつもりは無かった為、前回と比較して、指摘されていることがすぐに思い至らなかった。でも私をじっと見上げているルーイの瞳は何処か確信めいている。

「今朝も、ぼんやりしてたよ」

「そうだったかなぁ」

 のんびり答えながら横目に他三人を窺うと、全員がじっと私を観察している気がした。もしかして今日みんなが付いてきたのって、そういうこと? 首を傾ける。元気が無いとは思わない。だけど、ぼーっとしているのは、そうかもしれない。ただその理由は何とも答えが難しい。一度、空を仰いで、「うーん」と声を漏らした。

「あー、恋煩いかな?」

 私の言葉に、ナディアとリコットが綺麗に声を揃えて「は?」と言い、ラターシャとルーイは可愛らしく目を丸めて、ぱちぱちと瞬きをしていた。

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