第122話

「豪華な料理の後じゃ、味気ないんじゃない?」

 朝っぱらから沢山のお皿を前に並べてもりもり食べる私を見て、リコットが笑う。掛かっているお金はきっと比較にならないだろうし、食材の新鮮さも上等さも全然違うだろうけど、味気ないだなんて少しも思わない。大きな口で頬張ったものを丁寧に咀嚼して飲み込む。

「そんなことないよ。みんなと一緒に食べる方が美味しいからさ」

 結局、『誰と』食べるかが肝要なんだよ。元の世界に居た時から知ってたけどね、そんなこと。

「城では誰と一緒だったの? 偉い人?」

「そうだね、一番偉い人と……二番飛ばして三番、四番かな」

 王妃様が二番目だったとしたら、だけどね。この国もそれなりに女性の立場が低い気がするが、徹底して下に見ているのとは少し違う感じもする。ギルド支部の統括も女性だし。基本は男性が前に出ているものの、能力次第で女性も認めているって感じだろうか。完全な平等じゃなくとも、徹底した男性社会じゃない。日本に近いか、ちょっと進んでいるかもね。

「それより、寝間着が金色だったことが気になって仕方が無いんだよな……」

「ゴフッ」

「わ、リコット大丈夫?」

 彼女については、毎回ちょっと申し訳ないタイミングで笑わせてしまう。口の中に食べ物が入っている状態で笑ってしまったらしいリコットは少し咳き込んだ後で、顔をくしゃくしゃにして肩を震わせた。

「なにそれ?」

「私が聞きたいよ。用意されてたガウンが金だった」

 みんなが声を上げて笑う。ナディアまで堪えるみたいに口元を引き締めていた。いや、もう、我慢しないでそれは笑ってくれていいよ。「見てみたかった」と言うみんなに、「流石にあの姿は見られたくない」と返せば、一層笑われてしまった。

 その後、私はみんなに疲労を心配される程度には宿に籠ってぐうたらと過ごす。疲れたかと言われたら、まあ少しくらいは。でもそんなに。気が抜けてるっていうのもあるかもね。時々ナディアまでもが心配そうな顔を隠しもせずに覗き込んでくるのは、贅沢だなって思う。

 だけど夜、夕食もお風呂も済ませた後、私は外出着になった。各々が何か言いたげな顔を向けてくるのを気付かぬふりでスルーしていると、ラターシャが少し迷いながら口を開く。

「飲みに行くの?」

 連日飲み歩いていた日々では誰もそんなこと聞かなかったのに。討伐仕事で心配を掛けてしまった名残りが、まだあるんだなぁ。

「少しロビーに下りるだけ。すぐ戻るよ」

「私が付いて行くわ」

 徐にナディアが立ち上がり、厚めの上着を羽織って前もしっかり閉じる。彼女の寝間着のスカートはロングだし割としっかりした生地なので、ロビーに下りる程度なら確かにそれで充分だろう。ちなみに他の子らはそこそこ脚を出している為、上着だけじゃ出られないね。いや、そういう問題でもなくて。

「……本当にすぐ戻るよ?」

「念の為」

 心配性だなって思わず苦笑が浮かんでしまうけど、特に不都合があるわけじゃない。そのまま私も受け入れた。

 部屋を出て、階段を下りる私の数歩後ろを、ナディアが静かな足音と共に付いて来る。

「誰かが付いていないと、みんなが安心しないのよ」

「そうみたいだね」

 実際、ナディアが一緒って分かったら他の三人は大人しく寝支度してベッドに入ってくれた。もし私が断ったら戻るまで全員寝ないで待っていたんだろうな。長女の厚い信頼に感謝だよ。っていうかナディアが長女だと私は何だろう。母か? 一人だけ立場が違うのは寂しいから、私を『頼りない長女』、ナディアを『しっかり者の次女』にしませんか? しませんね。はい。

「ごめん、ひと席だけ空けておいて。手紙を書きたいんだ」

 ロビーの脇にあるテーブルへと腰掛け、便箋とペンを取り出した。ナディアは私の言葉に何も言わずに軽く頷き、私の二つ隣の席に座る。そしてナディアも収納空間から読みかけらしい本を出して開いていた。手持ち無沙汰だからじゃなくて、多分、私が彼女の存在も視線も気にせずに手紙を書けるようにって気遣いだね。イイ女ですよ本当に。

 なお、手紙を書く為に此処に来たのは本当のことだ。夕食後に思い付いちゃったから、眠るみんなの邪魔をしない為にもロビーに下りた方が良いって考えだった。しかし結局、こうしてナディアは夜更かしさせちゃっている。

 頭の中では何となく書くことを決めていたつもりが、いざ書いてみると違うかなーとか色々思って、三回書き直した。そうしてようやく書き終えたのは部屋を出て一時間後。インクが乾いたのを確認した後に封筒に入れ、きちんと封をして。宛名と私の名前を書く。そしてついでにメモをもう一枚。

「終わったよ、部屋に戻ろう」

「ええ」

 私が封筒を弄り出した辺りでそろそろだと思っていたらしい。一度も本から目を外さず黙々と読書していた割に、ナディアはあっさりとそれを閉じて立ち上がる。本当はあんまり読んでなかったのかもな。

 戻った部屋はすっかりと暗く、三人は静かだ。ルーイとラターシャは元より寝付きが良い方だから今の時間ならもう眠っているんだろう。リコットはもしかしたらまだ起きているかもしれないが、動く様子は無い。

 夜目の利くナディアがすいすいと自分のベッドへ戻る傍ら、私は自分のベッドに軽く膝を打った。痛い。

 とにかく私が寝間着になるとナディアもようやく警戒を解き、ベッドに横になる。ただ私は横にならず、ナディアに背を向ける形でベッドに浅く腰掛け、先程書いた手紙とメモをまとめて手に乗せた。

「アキラ、寝ないの」

「んー、すぐ……」

 背中に掛かる控え目な声に、曖昧な生返事で応え、手紙らを隠すようにしてさっきまで着ていたジャケットを上に被せる。目を閉じて少しだけ手の中に魔力を集中させたら、数秒後に、手紙とメモは消え失せた。上手くいっていると良いけど。

 ジャケットはもう役目を終えたので近くの棚へと放り投げて、私もベッドに入った。ふと、隣のベッドのナディアと目が合う。私の動きをまだ窺っていたらしい。唇の動きだけで「おやすみ」を伝えると、ナディアは何も応えずに目を閉じてシーツに包まってしまった。ただ、シーツから出ている耳が返事みたいにぴるぴると左右に動いて、頬が緩む。

 枕に頭を一度置いてから、手を後頭部に回して髪紐を解く。手櫛で適当に流して、改めて枕に後頭部を乗せた。

 眠気は全然、訪れそうにない。

 だけど今夜はみんなが眠る気配を感じながら此処に居たいと思った。王城の寝室よりも薄っぺらいカーテンで覆われた窓は、夜の光で薄ぼんやりと輝いていた。

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