第120話

 でもカンナが間を空けたのは別の理由であるらしい。私の言葉には肯定して、その上で、理由を述べるのが嫌だったみたいだ。

「既にお察しのことと存じますが……私は愛嬌というものを、持ちませんので」

「あはは」

 確かにカンナは一貫して無表情で反応が薄い。ころころと表情が変わるような女の子を好む男性だった場合、がっかりするかもしれないね。でも私は、そういうところに興味を惹かれたんだ。

「笑顔が少なくたって、カンナに冷たい印象は全く無いよ。誠実で真面目そうだ。私は充分、君を魅力的だと思うけどね」

「……勿体ない御言葉です」

 本音なんだけど、伝わってるかなぁ。絶えず私の手が何処かに触れていることに少し慣れてきた気配を感じ取って、先程と同じように少しだけ身体を寄せ、額と頬に口付ける。微かに緊張はしていたけど、さっきよりずっとマシだな。鼻先にも触れてから、唇にもキスをする。一回目は肩が少し上がったものの、目を見つめてから再び唇を寄せたら、柔らかく受け止めてくれた。

「カンナはどうして、私の相手になろうと思ったの?」

 耳に口付けて問い掛ける。ついでに少し、互いの身体を近くに寄せた。

 あの時、私の前に並べた女性らのことを従者は「侍女から募った」と言っていた。つまり三人はいずれも自ら志願してきたはずだ。

「それは……」

「お金とか地位とか名誉の為って言っても、構わないよ」

 さっきも言ったけど、元々、娼館の子でも良いって言ったんだからね。それなら理由なんて明らかにお金の為だ。身分が侍女さんになったからって急に高尚な理由を求めるつもりは微塵も無い。

 そう伝えても、やはりカンナは少し言葉を選ぶように戸惑った顔を見せた。

「確かに、アキラ様のお相手として志願すれば、特別な手当が頂けます。私は今年で二十歳となりましたが、貰い手も見付かっておりませんし、まとまった額が頂けるのはありがたいことです」

 彼女の言葉はちゃんと『本当』だ。でも、この理由を語る為にそこまで言葉を選ぶ必要は無かったように思う。

「それだけじゃない感じだね」

「……どうか、お気を悪くなさらないで頂きたいのですが」

「大丈夫だよ」

 さっきよりも身体が近いから、今度は腕じゃなくて背中をとんとんと優しく叩く。カンナは静かに深呼吸をしてから、言葉を続けた。

「侍女の中でも出自により位がございまして、それにより、配置が変わってきます」

 徐にカンナは、この城の侍女の配属事情について話し始める。きっと理由の前提として必要なんだな。私は柔らかく相槌を打つ。

 宮殿に仕える者は大きく四つに配属が分けられて、それぞれ侍女部屋が異なる為、違う部屋の所属はほとんど顔を合わせることもないとのこと。彼女が言う『出自』はつまり家柄のことだろうから、親の爵位で決まるんだろう。カンナの家はさっきも聞いたが伯爵位で、最も高い位を持つ部屋の配属らしい。伯爵は五爵の中では上から三番目だそうだが、上二つの爵位を持つ家の数がそもそも少ないせいで伯爵位も一番高い位の配属に含まれるみたいだ。

「私が所属する部屋では、当初、希望者がおりませんでした」

 なるほど。カンナが話すのを渋った理由がようやく分かった。『誰も手を上げなかった』状況を、私に伝えたくなかったんだ。

「決して、アキラ様のお相手を嫌厭したということではないのです。多くが既婚者、または恋人や婚約者を持っておりますので、立場上、難しい者が多かったのです」

 家柄が良い人ほど、相手なんか若くから決まっていたりするものだよね。『本当』のタグも出ているし、疑わないよ。うんうんと柔らかく私が相槌したら、少しほっとした顔をする。

「アキラ様は尊い御方ですので、出来れば私共の中から一人は出したいとのお話でした為、誰も志願しない場合に、ともすればそのような、相手のある者が選出されるのではと危惧を……」

 つまり、お偉いさんが『出来るだけ高位の貴族から出したい』って意向だったってことか。こっちは娼館の子でも良いって最初から言ってるのに、下らない気を回さないでくれよ。しかもその時点ではまだカンナには私が「無理強いは嫌だ」と言っていたのは伝わっていなかったらしくて、誰も言い出さなければ誰かが無理やり連れていかれるんじゃないかって思っちゃったらしい。優しい子だな。

「でも知らない人の夜伽なんて勇気が要るんじゃない? 怖くはなかった?」

「いいえ。一度お目に掛かった際のアキラ様の印象もございましたし、女性であることも存じておりましたので、恐れ多い気持ちはあれど、そこまでの大きな恐怖は感じておりませんでした」

「あれ、前に私と会ってる?」

 人の顔は一度見たら忘れない方なんだけど。いつだ? 驚いている私の顔を見つめ、やや目尻を緩めたカンナが首を横に振った。

「一方的にお顔を拝見したのみでございます。アキラ様がこの世界へといらっしゃいました日、城門へと向かわれる途中に」

 ああ、何度か城の人達とは擦れ違ったもんな。何処まで事情を知っているのかは知らないが、みんなすぐに頭を下げていたから、顔までは分からない。その時のカンナが侍女として制服を着ていたなら特に、みんな一緒に見えていただろう。

「一目見て、大変お美しい方だと……不敬にも見蕩れてしまい、侍女長の注意を受けました」

「あはは、ありがとう。それは大変だったね」

 カンナの配属部屋では彼女だけが志願したとのことだから、他二人は平民の子だったりするのかな。そう聞くと、あの子達のことを詳しく知らないとしつつも、子爵か男爵位の家の者だろうと教えてくれた。どうやら宮殿に仕える侍女には平民出身者が居ないらしい。へえー。徹底してるねぇ。

「色々と教えてくれてありがとう、知らないことが多くて不安だから、嬉しいよ」

「お気を悪くされてはおりませんか?」

「全然。カンナが優しいってことも分かったし、カンナにもちゃんと見返りがあるのも分かって安心した」

 特別な手当ね。王様がしっかり支払ってくれることだろう。今までで一番強い力で腰を引き寄せ、頬と首筋に口付ける。

「まだ怖い?」

「わ、分かりません、ただ、御声が、優しくて……聞いているのは、安心します」

「ふふ。そう? 初めて言われたかも」

 安心させる才能が無いって感じのことしか言われてないからな。特にここ最近。

 カンナを怖がらせないようにゆっくりとした動作で彼女を仰向けにさせて、覆い被さる。手を何処に置くべきか迷ったらしい彼女は、結局私には触れることなく、自らの胸の中心を押さえるみたいに両手を重ねてる。その手の甲にも、口付けを一つ。

「大丈夫。嫌なことはしないし、怖いこともしない。私が触れるのを、ただ受け入れて」

「……はい」

 顔を近付けて、深く口付ける。身体を密着させるだけで、彼女の心臓がすごく高鳴っているのが感じられて、愛らしさに思わず頬が緩んだ。

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