第119話

 お茶が入るまでの時間、半分は部屋の装飾を眺め、もう半分はカンナを見ていた。私の視線には気付いているのだろうけれど、カンナに表情らしい表情は無い。

「カンナ、隣においで」

「……はい、失礼いたします」

 テーブルの上に並ぶ二つのカップ。大きなソファに腰掛けている私の隣がたっぷり空いているのに、位置的にカンナはソファ脇の一人用の椅子に座りそうだったから、敢えて呼んでみる。カンナは私の言葉にちょっとだけ間を空けたけど、従順にお茶と共に移動してくれた。別にお茶を飲んでいる最中に何もしないけどさ。遠いのは寂しいよ。

「ああ、美味しい」

 一口飲むだけで気の抜けた声が出た。いや本当に美味しくて。私がいつも淹れてるお茶の味じゃないな。茶葉だけの問題じゃなくて、淹れ方なんだろう。「恐れ入ります」と硬く返してくれるカンナも、同じようにカップを傾ける。私は物凄くまったりしてるけど、カンナはずっと背筋をピンと伸ばし続けていた。まあ、救世主って存在を神様みたいなものだと思ってるんだもんな。

「その服、綺麗だね。初めて会った時も侍女の服じゃなかったと思うけど、自分の服?」

「……いえ。これは」

 ネグリジェの範疇ではあるものの、装飾は豪華だ。シルクのような生地で、手触りも良さそう。レースや刺繍もかなり繊細な模様になっていて可愛いな。私が観察している間、答えを止めて少し考える顔をしているカンナを見て、首を傾けた。そういえばカンナはどの程度、私のことを知っているのだろう。救世主召喚で呼ばれた人間であることはちゃんと知っているようだけど。

「質問を一度変えるね。私に真偽のタグが見えることは聞いてるかな」

「はい。アキラ様には偽りを見抜く御力があるとお聞きしております」

 知っていたか。もしかしたら、彼女が答えを迷うのはそのせいかな。本来なら聞こえの良い嘘で誤魔化したかった場面で、咄嗟に言葉に詰まってしまうんだろう。

「困らせてごめんね、尋問する気じゃなかったんだ。ただの雑談。服が自前でも、誰かに用意されたものでも、別に気にしないよ」

 出来るだけ優しい声で告げてみると、カンナは私を見つめてゆっくりと頷き、「城で用意されたものです」と答えた。

「宮殿で働く身とあって、日頃から身だしなみには気を付けておりますが、アキラ様は特別な御方です。私のような者が個人として所有する服では相応しくありません。……ただ、同僚の手で整えられるというのは、少々気恥ずかしいことでございました」

「あはは」

 カンナは貴族みたいだから、普段着も別に問題があると指摘を受けるようなものではないだろう。それでも城は私に対して『差し出す』女の子達を綺麗に見せたかったんだな。何の見栄なんだか。まあ、綺麗に整えられた女の子達を見られて楽しかったからいいけど、あの時も、選ばせる一瞬だけの為に用意していたんだなぁ。そしてカンナはあの時と今日の二度、同僚によって綺麗にされてきたと。

「この間の姿が少ししか見られなかったのは残念だけど、今夜の君も綺麗だからまあいいか」

 白を基調にした服は、白い肌を持つ彼女によく似合う。

 ちなみに私に用意してくれたものはやや中性的なデザインで同じく白のネグリジェだけど、ガウンが金色なんだよな。なんでだよ。どうやって染めたんだよ。派手だよ。

「お茶、ごちそうさま。そろそろ休もうか」

「はい」

 簡単にテーブルの片付けをしてくれるカンナを横目に、先にベッドへと向かう。天蓋付きだ。これはまあ、王城の部屋だから予想していたけど、思ってたより豪勢。何枚の布を使ってるんだろう……。下らないことに気を取られていたら、ベッド脇以外の消灯も終えたカンナが傍に来た。

 彼女は出会った時からずっと無表情のままだけど、流石にベッドに入ると緊張しているのが伝わってくる。

「こういうことは初めて?」

 小柄な身体を引き寄せて隣に座らせれば、抵抗は無かったけど、引き寄せられるとは思っていなかったと言わんばかりに強張った。視線が少し彷徨っている。私はそんな彼女の反応に、ちょっとだけわくわくしていた。些細な反応が可愛いんだよな、この子。

「……仕事としては」

「プライベートでは経験があるんだね」

「はい、いえ、男性とは、ですが」

 つまり女とするのは初めてってことね。彼女の緊張がそのせいだとは思わないけど。肩を抱き、そっと頬に触れる。震えてるかな? 心臓が騒がしくて揺れてるのかな? 抱き締めたらどっちなのか分かる気がするけど、まだ少し早いか。迷う間ちょっと静止すると、カンナが私を窺うように顔を上げた。

「……あの、未経験の者の方がよろしかったでしょうか」

「あはは、ううん。気にしないよ。そもそも相手は娼館の子でも良いって伝えてたんだよ。これもただの雑談」

 私まで探り探りに動いていると余計に怖がらせそうだ。先にベッドへと上がって、隣に寝そべるようにカンナを手招きした。改めて身体を引き寄せると、今度こそはっきりと、カンナの身体が強張る。

「怖い?」

「……分かりません、緊張、しています」

「そっか」

 慰めるように背を撫でるけど彼女の緊張は解けない。額と頬に触れるだけのキスを落としてみる。うん、怯えてるね。ふふっと笑い声を漏らしてしまったら、カンナが目を瞬いた。

「ううん。怖がらなくて良いよ、ちょっと喋ろっか」

 金色のガウンがいい加減ちょっと視界の中でうるさいので脱いでしまって、ベッドの端に寄せる。代わりにシーツを引き上げて、二人の身体を包んだ。

「そういえばカンナは貴族の娘さんだけど、嫁入り前に男性経験があるんだね。あ、責めてるんじゃなくてね、この世界の文化は馴染みが無くてね」

 私にとっては『貴族』そのものが馴染みのないものだから、元の世界で抱いていたようなイメージを元にしている。婚前交渉とかダメそう、と思ったけど、カンナは普通にあるらしいし、こうして私の相手にもなってくれる。少しだけ意外に思っただけだ。

「高貴な御方であれば、婚前のそのような行為はなさらないものと思います」

 話し始めると、カンナの様子が少し落ち着く。ついでに私の体温にも慣れてくれるようにと祈りながら、子供を寝かし付けるみたいに、彼女の腕をとんとんとゆっくり叩く。最初の数回は身体を固くしていたカンナは、繰り返すごとに身体の力を抜いた。

「私の家は伯爵家であるものの、それほど大きな力を持ちませんし、下位の貴族になればやはり、そのような行為も含め、良い御方に見初めて頂く為に関わりを持つことは往々にしてございます。勿論、大きな声では申し上げられませんが」

「なるほどねぇ。でも今のカンナは恋人や婚約者は居ないの?」

 居るならこんな役目には付かないだろうと思って軽く尋ねたものの、居たらどうしようかな。ほんの少しカンナが間を置いたから、妙に不安になった。

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