第103話_北方山間部

 女性らが退室して数分後にベルクが戻ってきた。鎧を身に着けている。そういえば最初に入ってきた時は鎧じゃなかった。着替えも済ませて準備万端そうですね。

「もう行く?」

「はい。ですが今回は、転移先を指定させて頂いても宜しいでしょうか?」

「ふふ。いいよ」

 前回の転移がよっぽどお気に召さなかったようだ。ごめんて。

 それに今回は敵が空中に居るからな、上空転移で竜種のどの真ん中、ってのは嫌かもね。指定されたのは問題の山間部から少し離れた森の中。転移魔法を見られるわけにもいかないので、色々と配慮してくれた結果ということだ。今回は夜じゃなくて昼間だし、空への転移は目立つもんな。了解しました。

「よし、出発しまーす」

 分かりやすいように指先を鳴らす。同時に私とベルクとコルラードの足元に黒い沼が出現した。二度目とあってみんなの動揺は少ないものの、実際に飲み込まれる二人はまだ怖いらしく、ぐっと歯を食いしばって背筋を伸ばしている。可哀想~。

「はいはい着いたよ、あっちだよね?」

 まだ転移魔法に慣れてくれない二人は、到着してすぐは動かなくなってしまう。切り替えるように手を叩いたら、二人がハッとした顔で慌てて頷いた。

「先導いたします」

「よろしく~」

 前を歩く背中は大きくて頼もしいけれど、転移はやっぱり怖いんだね。ビビってるのは面白いが、別に可愛くはないから早く慣れてほしいな。のんびりとその後ろに付いて歩き、現地兵らが戦う場所まで進む。

「支援の魔術師様がいらっしゃったぞ!」

 遠くで、兵士の誰かが叫んだ。

 先に伝書の鳥でも飛ばしていたのかな? 男二人の後ろに居る私の姿なんて、仮面に関わらず認識できていないと思うけど。ベルクとコルラードのどちらかを見付けるなり兵士らが『魔術師』という言葉でざわ付いていた。

「第一王子ベルク・マルス・ウェンカインだ。魔術師様をお連れした。状況を」

「おっ、王子殿下でございましたか! 失礼いたしました、まずは此方へ。流れ弾の危険がございます」

 少し離れたところで、ドンドンと、大砲の音が響く。そうだね、竜種を狙って外した弾が、あちこちに落ちるよね。だからって支援で来た私達が安全圏に移動してどうするんだ。事情説明は落ち着いて聞いた方が良いかもしれないけどさ。無言で呆れていると、ベルクとコルラードも私と同意見だったようで、移動より状況説明を優先するように指示し、歩きながら簡単な説明を受けていた。

 竜種らは、多くが一気に攻めてきたと思ったら一斉に引くのを繰り返しているようだ。山の奥にも何か獣の群れが居たのか、此方から状況が確認できないくらい奥の方で、何度か降下を繰り返しているとのこと。そのせいもあって今は小康状態だと言うけれど、見上げれば上空には此方を窺って旋回している竜種が数え切れないほど居た。

「とりあえず一通り減らしてみて、様子を見ようか。前みたいに原因があるかは分からないし」

 兵らを見渡せる位置に移動してから、ベルクとコルラードに囁く。二人が同時に頷いた。

「あの辺りは兵らが攻撃できないんだよね?」

 先程私が見上げていた竜種らが放置されているのは、多分、攻撃が届かないのではなくて、遠くて狙いが付けられないせいだろう。コルラードは現地兵らに確認を取った後、肯定してくれた。

「なら、あれからやるか。しばらく離れるから防衛は頑張ってね」

「はい! アキラ様もご武運を!」

「ふふ、はいはい」

 ベルクが応援して見送ってくれるのを、ちょっと笑いながら受け止める。『ご武運を』なんて言って送り出されること、人生で経験するとは思わないよ。日本は平和だったからさ。

 いつもよりもしっかりと魔力を練ってから、ほぼ真上を飛んでいる竜種らのところまで一気に飛び上がる。そして竜種らの反応を待たずに雷魔法で瞬殺した。他の竜種らは、ちょっと遠いか。

「風魔法の方が良いかな?」

 正直、雷魔法の方が私は相性が良いらしくて使いやすいし、光だから敵までの到達も早い。更に攻撃力も風より遥かに強いとあってかなり便利なんだけど、如何せん、目立つのだ。エーゼンでの件もあるし、広範囲での雷魔法はしばらく控えた方が良いだろう。

 だらだらと考えている間に練り練りした高濃度魔力を用いて、一帯を広範囲の風魔法で切り裂く。地上の兵らを窺っていた竜種が全部消えた。

「はい、終わり」

 地上の兵らはまたぼーっとしてこっちを見上げているんだろうな。遠くて見えないが、視線をめちゃくちゃ感じる。手でも振ればいいのか? でも女の子居ないし、いいや。それより今はこっちが小康状態って言ってたから、山の方にはもっと居るんだろう。とりあえず見に行ってみるか。

 山に向かって飛んでみる。竜種はあちこちにウロウロしているようだけど、妙に集まっている場所なんて何処にも無い――と思ったところで、街とは離れた山の側面に十数匹が見えた。あれか。私が高い位置で飛んでいて、山に向かって移動したから見えるものの、街の近くで戦う兵からは見えない。現地兵らも、「やけにあっちに飛んでいくな」って思う程度だったわけだね。

「よし、じゃあ行ってみよう」

 少し速度を上げて移動し始めて間もなく。一匹の竜種が、集まっている場所に向かう途中で、突然、方向転換をした。街の方向でも無い。何だ? と思うと同時にタグが伸びる。――『逃げ遅れ』。

「は!?」

 おいバカふざけんな冗談じゃないぞ!

 多分、今までで一番の速度で飛行した。竜種に倣って私も急に方向転換したせいで、大事な仮面を落としそうになった。

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