第104話

 確かに速い、これが竜種か!

 のんびり旋回している状態しかまだ見てなかったけど、思った以上に距離が縮まるのが遅い。竜種は真っ直ぐに何処か――タグが伸びている場所へと向かっている。止まらないと魔法で攻撃できない、止まって攻撃を外したらもう追い付かない。

 くそくそくそ! 何としても追い付いて確実に殺すしかないんだよ! 早く追い付け!

 竜種がぐんと急降下する。その足元に、『逃げ遅れ』が居る。悲鳴が響いた。女性の声――ああ、よりによって女性だとかマジで止めろ、間に合わなきゃ、一生分の寝覚めの悪さが待ってるなぁ!

 木々を避けて真上から目標に向かって降下した竜種に対し、私は木々の中へと真っ直ぐに突っ込んだ。結構な数の木をなぎ倒した気がするけどそれどころじゃないので許してほしい。一点集中、周りに散らさないように一直線に雷魔法を放つ。人影は私の目に見えていないが、タグの先が人の位置だって分かるから助かった。私の魔法が竜種の胴体を貫く。

 攻撃を受けて仰け反って暴れる竜種と、タグの先に居るだろう人の間に身体を滑り込ませる。二、三秒後、そのまま竜種は塵になって消えた。もうちょっと大きな攻撃だったら即死だったろうが、それだと人にも飛び火したかもしれない。一先ず、最悪の事態は免れたか?

「あ、あ……」

 震えた声に振り返れば、地面にへたり込んでいる一人の女性。私を見上げ、真っ青な顔色になっていた。

 旅人や登山者にはとても見えない。山菜の入った籠が横に転がっている。少し膨よかな女性で、明らかに軽装だ。しかし女性の生存を確認してホッとしたのも束の間。上空に新手の竜種が数体、旋回を始めた。私は小さな舌打ちをする。

「此処を動かないで。結界を張る」

 女性の目にも見えるように、微かに色のついた青白い結界で彼女の身体を覆った。

「この中に居れば魔物が来ても安全だから。上の奴らを減らしてからまた迎えに来る。いいね?」

 丁寧にゆっくり、教え込むようにそう告げた。女性は身体を震わせ、目は先程の恐怖からか涙を浮かべている。それでも、私を見つめ返してしっかりと頷いてくれた。

 彼女から一歩離れてから、また上昇。周囲に集まって来ていた竜種は風の広範囲攻撃で一掃。そして少し遠いが、当初向かおうと思っていた場所の上空に居る竜種も仕留めておく。何か別のものに気を取られているようで、此方の攻撃に直前まで気付かないやつも居た。

「嫌な予感がする。こんなところに集落がある話は無かったけど、あの女性……」

 まるで『すぐ近くの集落』から山菜を取りに来たようにしか見えなかった。彼女以上に、竜種を集めてしまっているあの場所。

「――クソ、嫌なもん、見せられそうだな」

 湧き上がる焦りを飲み込んでから、再び女性の元へと戻る。女性の顔色はまだ青いものの、さっきよりは幾分か落ち着いているようだ。

「もう大丈夫だよ。立てる?」

 少しふら付いていたけれど、手を貸せばちゃんと立ち上がれていた。怪我は、……肘と右脚に擦り傷があるな。そこそこ血が出ているし、うーん、仕方ない。

回復ヒール

「……え?」

 自分の身体の傷が消え去ったことに、女性は目を白黒させている。

「この魔法は内緒にしているんだ。誰にも言わないでね」

 しかし、こんなペースで『内緒』を振り撒いていたら隠せるものも隠せないよな。ナディア達に見られていたら盛大な溜息を零されるだろう。でも女性は私の言葉に繰り返し頷いて、治癒の礼と共に、口外しませんと言ってくれた。『本当』のタグが出ていた。誠実そうな人で助かった。

「顔を隠している非礼も許してほしい。仕事の一環でね。女性に対して心苦しいんだけど」

「いえ、助けてくださった方に、そんな」

「それで、あなたは何処から来たの? 近くに集落がある話は知らない」

 そもそもこっち側に集落があるなら、麓の防衛前にこっちの話が上がったはずだ。話題とならなかった時点で、王様やベルク、コルラード、そして街の傍で戦う現地兵が集落の存在を把握していないのはほぼ確実と思える。

 私の指摘に女性はやや怯えた表情を見せ、口元を引き締めていた。

「私達は、隠れて住んでいるのです。……あなたは貴族様、なのでしょうか。私達、その」

 やっぱりな。そうでもない限り、認識されていない集落がこんな山奥にあるはずがない。魔法を扱ったことで貴族と思われているらしいが、幸い私は貴族じゃないし、この国の政治に興味も無い。

「いや、私は平民だよ。大丈夫。あなた達を暴こうとは思っていない」

 この国に来て初めて、誰かを『安心させる』言葉が言えた気がする。女性は明らかにホッとした顔を見せてくれた。だけど、今の問題はそこじゃないんだよ。

「でもあなたの集落、危ないと思う。今、かなりの数の竜種が発生してて、私は麓の街の防衛として来てるんだ。集落は何処?」

 ようやく状況を察したようで、女性の顔色は最初に出会った時以上に青ざめている。きっとさっきは運悪く竜種と遭遇しただけだと思っていて、山全体の活発化は知らなかったんだ。じゃなきゃ一人でこんな山の中を歩くなんて不自然すぎる。動揺する女性から集落への方向を聞き出したら、私は女性の身体を引き寄せた。

「ごめん、怖いと思うけど一緒に来て。飛ぶよ」

 女性は私にしがみ付くと、再びしっかりと頷いた。この人、最初に見た時は一般的な女性と思ったけれど、かなり気丈だ。隠れて住んでいる――。私には想像できないような苦境を、乗り越えてきた人なのかもしれない。

 抱き上げて低空飛行で移動をする。浮いた瞬間は小さな悲鳴が腕の中で聞こえたものの、その後は速度を上げても彼女は私の腕の中でぐっと我慢していた。

 後は結末が残酷でないことを祈るだけ。大量の竜種が、彼女が教えてくれた集落の方向で飛び交っていた光景を思い出し、私の手の平にはじわりと汗が浮かんだ。

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