第102話

 全員で宿に戻った後、私はいつものローブを羽織って、フードを被る。いやフードは要らないな。直接城の中に飛ぶんだった。まあいいや、もう被っちゃったし。

「じゃ、ちょっと行ってくるね。二日くらいで戻るよ」

「依頼の内容は?」

「詳細は行ってからだけど、とりあえず山間部で、竜種の魔物狩りだって」

 聞くなりみんなが息を呑むのを見て、竜種ってそんなに強いのかなぁと呑気な感想を抱いていた。だってまだ竜種は見たことが無いので、私にはぴんと来ないんだよなぁ。

「……それが二日で済むの?」

「んー、分からないけど、長引くにしても一回戻って、状況を伝えてからまた行く」

 あんまり長くみんなを放置するのも、私が不安だからね。長い仕事になるならなるで、行ったり来たりするよ。それに、私の身体も反動が出るかもしれないから、時々抜け出してくる必要がある。

 定期的に戻ると告げたお陰か、ちょっとだけみんなの緊張が和らいだ。不在の期間もある程度は目安が欲しいんだね。今後もちゃんと告げよう。

「それに前にも言ったけど、守護石が反応したら最優先で戻るから」

 私にとっては、何処の誰とも知らない人間の危機なんかより、みんなの方が大事だからね。何かあったら向こうがどんな状況であっても放置して戻るよ。安心させようと思って言ったんだけど、みんなはちょっと呆れた顔をしていた。何故だ。

「私達の心配をしてほしいわけじゃないわ」

 溜息交じりにナディアがそう言う。なるほど、そうでした。みんなは私の心配をしてくれているんだった。でもやっぱり私は悪党なので、危なかったら無理せず、色々放置して逃げてくるよ。心配は要らないよ。

 もう少しゆっくり話して、安心させる努力はしたいけど。約束の時間が差し迫ってきた。私はみんなの心配そうな顔に見送られながら、転移魔法を発動する。いってらっしゃいの声が、不安そうで切ない。

 出た先は応接間とはまた違う部屋だった。此処に通信の魔道具を置いているんだね。何処だか知らんが。会議室かな? 大きなテーブルに地図や色んな書類を置いて、作戦会議中だったのが窺える。

 そして部屋に居るのはどれも見覚えのある人達ばかり。あれ、でもベルクが居ないな。コルラードは居るけど。

「お越し頂き、ありがとうございます。早速ですが、依頼内容のご説明を」

「うん」

 王様が目配せすると、コルラードが地図を引き寄せた。彼が詳細を説明してくれるらしい。

 問題の山間部には街があるけれど、竜種が活発化した山は元々魔物が多いということでしっかりとした砦と、多くの兵が居る。だから竜種相手でもまだ負け戦とはならずに現地の兵だけで持ち堪えているようだ。しかし普段は竜種などが大量に出てくることは無く、慣れない相手に、苦戦はしているみたい。

「ふーん、竜種、普段は居ないんだね」

「はい、竜種の活発化自体は、世界的に見れば珍しいものではありませんが、この山で起こったのは記録上、初となります」

「なるほどね」

 それで前回みたいな魔法陣があるかもって思って、「不自然な点の確認」が依頼に含まれたわけだ。よくあることなら、そんな話にはならないよね。

 更に細かい現状の説明が終わった後、竜種討伐の報酬金の話になる。相場もよく分からないから言われた金額で「いいよー」と軽く返した。ちなみに、竜種討伐以外に何か異変――前のような魔法陣対応とか――があった場合には、更に三割を上乗せしてくれるらしい。いいよー。

「失礼いたします、ただいま戻りました」

 唐突に扉が開いて入ってきたのはベルクだった。居たわ。どっか行ってたのね。

 聞けば、今の今まで東にある領地の視察に行ってたのだとか。そこへ急に今回の話が上がって、慌てて戻ってきたとのこと。お疲れ様。今回もベルクとコルラードは私に随伴したいそうなので、挨拶だけしたらベルクは準備を整える為にまた下がって行った。疲れてないのかな、元気だな。

「ベルクを待つ間に、もう二点。まず、宜しければ此方をお召しになって下さい」

 王様の合図で侍女さんがやってきて、銀色のトレーに乗せられた服と仮面が差し出された。目の部分だけを隠すような、仮面舞踏会なんかで着用しそうなものだが、魔力を帯びている。何だろう、と思ってタグが伸びると同時に王様が説明してくれた。

「これは『失顔の仮面』という魔道具です。ご着用の間、何者もアキラ様のお顔を認識できなくなります」

 着けた状態で出会った人達は、私の顔がよく分からなくて、再会してもまず同一人物であるとは気付かないという。へー。それはすごい。私が依頼を受ける条件として挙げた、「存在を秘匿してほしい」を叶える為に用意してくれたみたいだ。

「ローブの方は防御力が強化されるものです。アキラ様の御身を少しでもお守りできればと」

 こっちは完全に善意で用意してくれたみたいね。折角だから、ありがたく貰っておくか。

 白を基調にした生地に、青色の刺繍が施されている。私はその辺の露店で買った粗末なローブを脱ぎ、代わりにそれを羽織った。良いね、デザインも結構、可愛いし。城からの依頼は全部この服装で行きましょう。しかも大体がベルクと一緒に行動するんだから、汚い格好じゃちょっとね、王子様が可哀想だからね。

「それから、女性の件ですが」

「うん、用意してある?」

「はい」

 たった五日で女性含めてこれだけ用意できるってのは優れた政治手腕なのか、必死だったのか、それとも元から色んなパイプが太かったのか、どれだろうな。

 王様がまた違う従者に視線を送ると、彼は私に深く頭を下げてから、「連れて参ります」と一度、席を外した。一分程度で戻ったので、多分、近くの部屋に待機させてたんだな。入ってきた女性は三名。軽めのドレスで着飾ってくれている。……立ち居振る舞いが、娼館の子らって感じじゃない。

「あまり多くを集められず、申し訳ありません、お好みの者が居れば宜しいのですが」

「ん、いや。それよりこの子らは何処から?」

 従者は私が怖いのか、ちょっとしどろもどろになりながら説明してくれた。

「娼館取引は前例がございませんので、我が城の侍女から希望者を募りました。此処に居るのは、十八歳から二十歳の者達です」

「へえ」

 なるほど、少なくとも最初に疑ったような娼館との太いパイプは無かったみたいだ。並べられている女性らを眺める。みんな可愛いから、正直、誰でもいいな。ただその中で一番小柄な子だけ、私に見つめられても表情が変わらなくて冷静なままだったから、少し目を引いた。

「一番右の子。名前は?」

「カンナ・オドランと申します」

 印象通りに冷静な声が淡々と名乗ってくれる。ラストネームがあるってことは、貴族か。王城だから、身分の高い侍女ばっかりが集められているのかもしれないな。

「じゃあ今回は君。他二人も、君達の気が変わらなかったら次回以降でお願いするよ。来てくれてありがとう」

 選ばなかった二人にもそう声を掛けると、緊張した面持ちをしながらも私に丁寧にお辞儀をした。役目を終えて、女の子達が退室していく。うん、ご褒美がはっきりして、俄然やる気になってきたぞ。楽しみだ!

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