第100話

 じゃあ早速――と針を取り出そうと思ったが、流石に私が王様を刺すのは問題なのでは? 悪意が無いことだとしても、後々問題になったら嫌だな。

「あー、消毒済みの針は持ってるけど、私の所有物で王様を傷付けるのは問題かな? そっちで用意する?」

 ちょっとワンクッション挟む感じで道具から質問してみると、従者も「此方で用意した方が」「いえ救世主様を疑うわけでは無いのですが」と早口で騒いでいる。うん、そっちでやってもらった方が良さそうだね。とりあえず手順としては石の上に一滴の血を落としてもらえばいいだけだと説明すれば、王様が頷いて懐から短刀を出した。針じゃねえな。一滴だぞ、分かってるか?

 一瞬ヒヤッとしたものの、手慣れた様子で王様が指先を小さく切って、大きな魔法石の上に一滴の血を落とした。ドバドバ出されなくて良かった。しかし切る時にも全く躊躇いが無いなぁ。王族って大変なんだなぁ。なんて勝手な感想を抱く。

「ありがとう、回復ヒール、それから対象契約コントラクト

 守護石と同じ要領で魔力を籠めたが、守護石ほどすぐに輝かなかった。魔法石が大きく、且つ術が複雑なこともあって、時間が掛かるようだ。じわじわのんびりと明るくなって、最後にはいつも以上の輝きを放つ。眩しい時間も長いもんだから、作った張本人なのに爆発するんじゃないかってドキドキしちゃった。他の人らはもっと怖かっただろうな。

 光が収まっても、目蓋越しに受けた刺激が強くて何度か瞬きを繰り返す。ようやくクリアになった視界の先、真っ黒だった私の魔法石が、彼の魂に応じて色を変えていた。

「これはまた……腹立つくらいに美しい魂だな」

 くらいって言うか、正直に言うと本当に腹が立った。王様って、私がこの世界に来た元凶とも言える人なんだけどな。

 美しく深い紫色。透かせば微かに中央に金が混じる。高貴さしか感じない。私にとってこいつは敵なんだが。……いや、考えてみりゃ仕方がないか、私の方が悪党なんだったな。

「――良いよ、高潔な魂を持つ王様。あなたにこれを預ける」

 魔道具、だけの意味じゃないが。それを説明してやるほど親切になる気はない。

 使用方法は従来の通信機に少し似ている。王様がこれに直接触れ、声で私へと呼び掛ける。応答したら石が光るから、その間は通信可能。ちなみに私は直接喋らなくても念じたら声が届けられるので、周りに人が居る時も対応できる。思わず笑ってしまうようなことを言われなければ大丈夫だ。

 一度試しに使ってもらって、私は紅茶を飲みながら念だけで応答した。部屋には戸惑いを含む「おお」という声が溢れて、思ったより面白くて紅茶を噴きそうだった。

「あ、ついでにこれには契約者を守護する機能もあるから、何か危ない時は近くに置いててね。ある程度の危険は問題ないと思うよ」

 主機能は通信になるので、大きいからって守護の力が強いわけじゃない。ラターシャらの守護石と同じくらいかな。抱えている必要はないものの、半径三メートルくらいに置いといた方が安全だと思う。私の説明に王様が興味深そうな顔で頷いているが、実験しないでね、私へ発動の連絡が来ることはさておき、発動したら魔力が減るんだよ。もしかしたら通信機能にも支障が出るかも。補充すんの怠いから、止めてね。ちゃんと説明して注意したら、深く頷いて了承してくれた。

「今夜の用件は以上だけど、そういえば初めて会った時、何であんなに不調だったの? 前回も今日も元気そうだし、身体が弱いわけじゃないんだよね」

「それは……」

 まだ少し紅茶が残っているので雑談を挟んでみると、王様がすごく渋い顔になった。国家機密とかか? 言えないことなら別に良いけど。そう付け足そうとしたんだけど、躊躇いながらも王様が答える方が早かった。

「救世主様召喚の儀には、王族の血が必要になるのです。アキラ様を召喚するまでに立て続けに行っておりまして、その……」

「アハハ、それで貧血かぁ。な~んだ。放っておいても良かったんだな、あれ」

 声を上げて笑い飛ばしてやったが、王様は憤る様子なんて少しも無く、ばつが悪そうな顔をして「申し訳ございません」と小さくなっていた。

 しかし、王様の血でこの世界に呼ばれたなんてなぁ。無理やり血縁にされた気分。ベルクが同い年なんだから確かに王様は私の実父と同世代だろうけど、流石に二人も父親は要らないな。と思ったけど、あんまりぐちぐち言っても可哀想だから、今日もこの辺にしておいてあげよう。最後に少し残っていた、美味しい紅茶を綺麗に飲み干した。

「じゃあ帰るよ。お茶、ごちそうさま」

 唐突に立ち上がる私に、周りが慌てて反応して挨拶をしてくれる。私がまともに言葉を掛けたのは侍女さんへの「ごちそうさま」だけだが、王様含め誰も不快そうにはしなかった。私の対応、慣れてきてるね。

 ソファから数歩離れた私は、門まで案内してくれようとしている衛兵さんに手振りでそれを不要と告げて、王様を振り返る。

「次に呼ぶ時は可愛い女の子の準備、忘れないでね~」

 大事なことだから念押しをしておいた。そしてその場で、転移魔法を発動。宿へと直接戻る。

 で、帰ったら、眠っていたのはルーイだけ。他三人はそれぞれのベッドに腰掛けた状態で起きていた。せめて横になってなさいよ。全く努力した感じがしないよ。

 ルーイに気遣って声は出さずに、苦笑いと共にみんなに寝るようにと手振りをし、私はそのまま浴室へと入る。寝支度しよっと。でも湯浴みを終えて出たら、三人共まだ起きていた。何なのよ。

「アキラちゃん」

 不安そうにラターシャが私を見上げている。眠っているルーイへ軽く視線を向けるが、動きは無い。もしかしたら彼女も起きているのかもしれないな。お姉ちゃん達に眠るように言われたから、引き下がっただけで。安心させる才能が無い私は、どうしてあげるのが正解なのかよく分からない。とりあえずラターシャの頭を優しく撫でた。

「大丈夫、本当にお話してきただけだよ。もう寝よう、私も疲れた」

「……うん、おかえりなさい」

「ただいま」

 そのやり取りをしたところようやく安堵したのか、みんなが横になってくれる。

 いじらしくて可愛いし、待っていてくれるのも心配してくれるのも嬉しいけど、離れる度にこうして待たせるのはやっぱり心苦しいよ。討伐の日なんて二日くらい帰れないのに、心配という意味では尚のこと眠ってくれなさそう。せめて交代制で休んでくれるように、お願いするしかないかなぁ。

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