第99話

 布製魔法陣については、何かあればその冒険者に今後も提供する予定であると話す。私が冒険者ギルドに協力者として登録している話はしなかった。城が変にギルドに接触を計っても嫌だからね。

「私がもし、あなた達が望むような『救世主』の性質をしていたとしてもさ。こんな魔法陣を世界各地に敷かれたら対応できない。分かるよね?」

 私は一人だ。エーゼン程の被害が同時に各地で起こってしまえば、守れる場所は限られる。捨てなければならない『何処か』が必ず出てくるだろう。

「魔術師が居なくても対応できる手段の一つとして、この情報は提供しておく。上手く使ってね」

 後はそっちで頑張ってね。私はもう魔法陣の対応をしないからね。って意味なんだけど、伝わるかな? 表情を窺えば王様は戸惑い半分、緊張半分の顔。伝わったかどうかはよく分からなかった。とりあえず、情報提供と布製魔法陣のサンプル提供については丁寧にお礼を言われた。

 でも今日の私は優しいから、更なる助け舟を用意して来てるんだよね。彼らの為ではないけれど。

「もう一つ提案なんだけど、『日雇いの魔術師』としてなら、少し働いても良いよ」

 その言葉に先に反応したのは、ベルクとコルラードだった。

 エーゼンの時に『日雇いの魔術師』って言葉を使ったから、この言葉の意味をすぐに理解できたんだと思う。王様は一拍遅れてから、理解して口を開く。

「前回のように、報酬と引き換えに、討伐などを請け負って頂ける、ということでしょうか」

「そう」

 部屋の気配がざわついているのを感じながら、のんびりとお茶を傾ける。

「私はあなた達の救世主じゃない。ビジネスパートナーとして、節度ある付き合いをお願いするよ。報酬は内容次第で、都度交渉。それ以外にも条件を二つ。まず一つ、私について外部には存在を秘匿してほしい。旅人している間に目立ちたくないからね。もう一つは」

 つらつらと話している間、王様の後ろに控えるベルクよりも更に後ろで、必死に従者が速記している音が聞こえる。何度も説明しなくていいだろうという安心感がある。ちょっとだけ書き終わるのを待ってあげた。この次、重要だから絶対に零すなよ。

「報酬以外に、依頼ごとに一人、女の子を用意して」

「女の子、ですか? それは一体どういう……」

 此処にラターシャ達が居たら一瞬で分かってくれるんだけどなぁ。まあ分かってくれた状態で溜息を吐かれるんだけどね。

「私が抱く為の女の子。『女の子が好きだ』って言ったでしょ? 女の子の為じゃないと何もやる気が出ない。報酬をどれだけ積んでくれても、女の子の用意が無かったら引き受けないよ」

 他の解釈なんか絶対に出来ない形ではっきりと告げる。王様は絶句している。私が男だったらもうちょっと理解されたのかな? いや、救世主に対する妙な信仰心を思えば、どうだろうな。まあ、今はいい。

「娼館から一晩だけ買ってきてくれてもいいし、用意する手段や選定方法はそっちに任せるよ」

 条件は十八歳以上であること、可愛い子であること。無理やりは嫌いだから相手の同意をちゃんと得ること。別に変な性癖は持ってないから、傷付けるようなことは絶対にしない。

「あ、部屋も城で用意しておいてね」

 具体的には、私は依頼達成後に一度帰る。そして一日休養して、二日後の夕方にもう一度城に来るから、その時に女の子と部屋を用意してほしい。一旦帰るのはラターシャ達が心配だって気持ちもあるけれど、一番の理由は本当に休養だ。反動が出ている可能性が高いからね。

「……承知いたしました」

 勝手なスケジュールも告げたところで、しばらく困惑していた王様もようやく飲み込んでくれたらしい、静かにそう応えた。頑張ったねぇ。

「では依頼時のご連絡は、どのように」

「あー、それね、うんうん」

 忘れてたわけじゃないっていうか今日のメインイベントなんだけど、お茶が美味しいなってのんびりしてたら先に言われてしまった。収納空間から高さ二十センチくらいの、布に包まれた置物を取り出す。

「よいしょ」

 布を解けば、王様が目を見張る。周りに控えていた人達も、思わず前のめりになって何歩か前に出てしまった人も居た。

「ま、まさか、魔法石ですか!?」

 さっきの宮廷魔術師っぽい人が思わずそう声を震わせ、直後、口を押さえて「失礼いたしました」と早口で謝罪していた。大きい声は止めてね。と思ったけど、本人がもう青ざめているところを見れば分かってるみたいなので、見逃してあげよう。

 彼の言う通り、これは私が作った中で最大の魔法石。両手で包むくらいじゃ隠せない大きさ。縦が十センチ、横は七センチくらいかな。ラターシャ達にあげた守護石は片手の中に包み込めるサイズだったから、これはざっと二十倍くらい。丈夫な石造りの台座に金具を利用して頑丈に固定している。ちなみにちょっとした装飾まで付いているのは私の趣味だ。折角だから美しいものである方がいい。

「彼の指摘通り、これは魔法石。私の魔力で作り上げた結晶だよ」

「アキラ様がご自身で……?」

 ざわめく部屋。魔法石は本来、人工物ではない。私みたいに自らの魔力を凝縮して生み出す話などは、ラターシャ達が言うには「聞いたことも無い」ことで、本来は『発掘』されてくるものだそうだ。大きな災害や地殻変動があると、魔力の流れが偏って一部に留まり、長い年月をかけてそれが魔法石化することがあるのだとか。私の魔力が自然災害レベルってことが分かるね。

 いずれにせよすごく貴重なもので、金額が付けられないことの方が多いとのこと。これも国宝級になるだろうなー。

 さておき。勿論そんなお宝を見せびらかす為に出したわけじゃない。

「これは通信用の魔道具だよ。私お手製のね」

 王様の後ろに控えていた速記係の手が止まった。いや速記しなさいよ。ゆっくり喋ってあげてるでしょ。何でこっちを見てんだ。目が合うとハッとした様子で机に向かい、ペンを動かしていた。他の人達も口々に「声を?」「そんなことが可能なのか」みたいな独り言を呟きながら私の手元にある魔道具を凝視している。地味に面白い。

 私が先日、ギルド支部に赴いてあの魔道具を見せてもらったのは、通信魔道具を自作する為だった。しかしあれと同じ機能では流石に不便だし、私は速記とかしたくないし。なのであれを参考にしつつ、魔道具関連の本を十冊ほど読んで、何とか作り上げた傑作です。

 でも流石に、元の世界の電話機みたいな便利さは無い。あれは本当に便利な機械だったんだなぁと痛感している。

「これを使用できるのは一人だけ。契約した人が、私に直接、通信できるようになる。王様が使う? 契約には一滴の血が要るんだけど」

 王族に血を求めるってどの程度の罪なんだろうな。少なくとも平民がやったらその場で捕まりそう。案の定、私の言葉に周りはおろおろし始めていたのだけど、王様だけは大きな動揺もせずにじっと魔道具を見つめた後で、私の目を見てはっきりと頷いた。

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