第98話

 エーゼンの状況を聞き終えたところで、淹れてもらった紅茶を飲む。うん、此処で飲むやつ、美味しいんだよね。茶葉が違うな。

「あ、そうだ。魔法陣については何か分かった?」

 次に私がそれを問い掛けたのは王様じゃなくて、後ろに控えていたベルクだった。ベルクは王様と私に丁寧に断りを入れてから、発言する。

「いえ、進捗は芳しくありません。魔法陣がかなり複雑な構造をしておりまして、宮廷魔術師一同、そもそも一目で効力を見抜いたアキラ様に感服しておりました。アキラ様のお言葉が無ければおそらく今も効力を解析する段階だったことでしょう」

「私はタグのお陰だから何ともな……」

 つまり難航している、と。対象を魔物に限定するような条件を加えた上で反転できる日は遠そうだ。まあ、一筋縄でいかないのは何となく分かっていたけどね。簡単にそんなことが出来るなら、とっくにその魔法陣は各地に敷かれていたはずだろうから。

「それよりも問題は、あの魔法陣を引いたのが何者かってことだと思うんだけど、そっちは?」

「仰る通りです。しかしそちらについても、何度も現場や周辺の調査を行っているものの、手掛かりが掴めておりません」

 考えてみれば、現場を私が土で埋めたんだよな。判断を誤ったかな。素直に私が「ごめん」と謝罪すると、ベルクは「あのご判断に間違いはありませんでした」と言ってくれた。本心ではあるらしい。優しいな。

 しかし魔法陣の反転より、犯人捜しの方が火急だろうに、手掛かりが無いのは問題だなぁ。私のタグで出来ることがあるなら多少の手助けも吝かじゃないが、タグの範囲についてもまだ全部分かっているわけじゃない。少し考え込んで沈黙すると、王様がベルクを下がらせて、口を開いた。

「別件になりますが、こちらから一点、ご報告させて頂いても宜しいでしょうか」

「うん、どうぞ」

「ありがとうございます。以前、情報提供を頂きました麻薬組織の件です」

 おお。まだあんまり動いていないかもしれないと思って触れなかったのに、王様から話をしてくれるのはちょっと意外だった。詳細を伝えてくれるのは王様の従者であるらしい。王様から指示を受けた従者が深く礼をしてから、資料を手に語り始める。

「関係者と思しき者を十八名、捕らえました。残る関係者は三名である見込みです」

 私が提供した書類や、捕らえた者への尋問で、残りの人数を割り出したらしい。

「各町で活動していた拠点は全て押さえておりますので、逃げた三名を捕えれば、かの組織による新たな犠牲は無いでしょう。被害者も全て保護いたしました」

 良いねぇ。思っていたよりずっと仕事が早い。平原や森の奥などに逃げられてしまえば中々手は回らないだろうから、もっと掛かると思っていた。三名が逃走中でまだ油断は出来ないものの、捜査自体はかなり順調だ。

「そして、お恥ずかしながら、貴族が一名、噛んでおりました」

「あらら」

「ただ、アキラ様からご提供いただいた資料に全ての証拠が揃っていた為、代表者は捕縛し、爵位は勿論、家名も剥奪いたしました」

 捕まった代表者さんは叩いたら他にも埃が多く出てしまったらしく、禁固刑は免れないとのことだ。ご愁傷様。自業自得だね。

「薬の成分も解析が完了しております。此方は、主成分が輸入品であることが少々問題になっております。輸出国と話し合う必要があり、現在、調整中です」

「あはは、外交問題にも発展しちゃったのか。難儀だねぇ」

 他人事なのですごく呑気な感想を付けて笑う。もっと嫌な顔をされるかと思っていたが、従者さんは表情を変えないままで一礼して後ろへと下がった。説明が終わったらしい。続いて王様がまた口を開く。

「また、組織は娼館から三名、働き手を買ったようですが」

「……ああ、うん、そうらしいね」

 ナディア達の話題になるとは思わなくて、刹那、返答を迷った。即座に威嚇しても良かったが、続く話を聞いてからでも良いと飲み込む方を選択する。

「その者達についてはアキラ様が保護されておりますか?」

「うん、全員が私の保護下に居るよ」

「ならば、捜索は不要ですね。此方の保護リストからは削除いたします」

「ああ。うん、ありがとう」

 その確認の為にこの話題だったか。確かに前は「女の子達を守る為」とは言ったものの、何人居るとかは言わなかったからな。念の為、薬以外の被害者も居ないか、保護対象として洗い出してくれていたらしい。変に威嚇しなくて良かった。まあ、女の子を三人連れて歩き回っている私、という噂を辿れば、私の位置の把握が出来るかもしれないけど、今はあまり警戒しないでおこうかな。むしろ私を今後『探させない為』に、今日は来たようなもんだから。

 王様の方の報告が以上と言うことなので、じゃあ今度は私から。

「私からの今日の用件、一つ目は。偶々なんだけど、また一件、『魔法陣による魔物被害』があった」

 私の言葉を飲み込んだ瞬間、部屋に居た全員が真っ青になって目を見開く。そりゃそうだよな、あんな被害、何個もあって堪るかって私も思ったよ。

「魔法陣の効力も違ったし、エーゼンほどの大きさじゃなかったから、被害者は無かったらしいよ。でも異変は数か月前から起こってたみたい」

 ガロから聞いた話を掻い摘んで伝える。ガロ達が定期的に立ち寄って対応していたから大事には至らなかったが、彼らが通り掛かってそれを請け負わなければ遠からず大きな被害が出ていただろう。もしかしたら他にも既にこのような被害があり、情報を国に届けられていないだけの可能性は高い。案の定、地図で問題の町の場所を示してみたものの、王様達はその騒動を一切知らなかった。

「で、私はこれを提供してその魔法陣を壊してもらった」

 ガロに渡したのと同じ大きさの布製魔法陣を広げて見せる。とりあえず一枚だけ、今日の為に作ってきた。これが相殺用の魔法陣であると簡単に説明する。対象の魔力を吸い上げて、その力を利用して爆発。ついでに図柄も破壊する仕組みだ。

「サンプルとしてあげるよ。宮廷魔術師なら、これくらいは作れるでしょ?」

 傍に控えていた宮廷魔術師っぽい人に視線を向けてそう言えば、彼はちょっと困惑の顔で王様達に断りを入れて傍に寄ってきた。

「た、確かに、この図柄を再現し、魔力を籠めれば私でも作成は可能です」

 ちょっとだけホッとした。無理だって言われたらどうしようかと思ってさ。大丈夫だとは思ってたんだけどね、ちょっとだけね。

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