第97話
夜。そろそろ日も変わる頃。私は前回と同じローブを羽織って、フードを深く被る。
「怖いって言われると、変に緊張するんだけど」
リコットの言葉に、口元が緩んだ。同時に湧き上がってきたのは少しの悪戯心だ。
「そうだねぇ、怖い子はみんなナディにしがみ付いててね」
「えっ、そんなに怖いの!?」
一気に不安になったらしくて、本当に全員がそっとナディアに寄り添ったのが可愛くて笑う。ナディアは私を見据えて不満そうに眉を顰めつつも、三人を抱き寄せてあげていた。多分これは、恐怖心を煽ったことを怒られていますね。でも見た目が怖いのは本当なんだってば。
「じゃあ、行ってきます」
その言葉と同時に、足元に黒い沼を出現させれば、「いってらっしゃい」を言い掛けたみんながぎょっとした顔で口を閉ざしていた。そんな顔は、やっぱり楽しい気持ちでは見られないよ。この魔法を見せたことに対する小さな後悔を抱きながら、私は沼の中へと身体を落とす。とぷん、と私の身体が全て埋まった瞬間、リコットの「事前に脅されてなかったら、悲鳴でたかも」って声だけが最後に入り込む。ほらね、だから言ったでしょ。
「帰り、本当に部屋で良いのかな」
あんなに怖がっていたんだから、やっぱり別の場所に転移してから足で戻った方が良いんじゃないかな。いつもの要領で裏路地を進みながらそんなことを考える。だけど、部屋に戻ると約束したからなぁ。まあ今回は約束通りに戻るか。酷く怯えるようなら、次から考えよう。
城に近付けば、門番はどうやら前とは違う人。だけど此処はしっかりと報連相が行き届いているようで、フードを落とした私の姿を確認するなり、門番二名が素早く敬礼した。
「こんばんは。王様に伝言をお願い。『明日同じ時間に来るから、会ってね』って」
「畏まりました!」
「必ずお伝えいたします!」
「ありがとう。じゃあ、また明日」
めちゃくちゃスムーズに終わってしまった。助かるなぁ。
再び裏路地へと戻る。裏路地から城、城から裏路地へのこの往復が一番、時間が掛かる。宿を出てから再び戻るまで、合計で三十分ほど。流石にまだ全員が起きていた。
「ただいま」
黒い沼から湧き上がるように転移してきた私に、みんな緊張した面持ち。小さく息を吐いたリコットが、最初に口を開いた。
「おかえり。戻ってくるのも、同じ感じなんだね」
「ね、怖かったでしょ? だからさ、あんまり見せたくなかったんだ」
肩を竦めたら、他の子も少し緊張が解けたのだろうか、口々に「おかえり」って言ってくれた。
「あなたの魔力は、きっと黒がベースなのね」
「なるほど、そうかもね」
黒い沼。黒曜石みたいな魔法石。
属性魔法に色が付くものは無いものの、私特有のものは今のところ黒一色だ。悪者っぽくて、いいかもね。
さておき。もう戻ったから眠ってくださいね。そうしてこの夜はみんなすんなりと眠りに就いてくれたし、当然、三十分程度のことだから誰も寝不足ほどのことにはならなかった。不安なのは次の夜ですよ。
翌日の夜、同じ時間。同じようにローブを着てフードを被った私は、昨夜と全く同じ形でみんなに見送られようとしていた。
「流石に長くなるから眠っていてね」
「……努力はするわ」
ナディアの返答に、起きていそうだなぁと笑うけれど、心配をするなって言っても優しい彼女達は、どうしようもないみたいだからなぁ。
「アキラちゃん」
「うん?」
不安げに、ラターシャが私を呼ぶ。私はいつも通りに穏やかに答え、笑顔で首を傾ける。
「……気を付けていってらっしゃい」
愛らしくて堪らないな。
思わず頬を緩ませながら「行ってきます」と告げ、彼女の頭を撫でる。今日ばかりは、しつこく撫でてもラターシャは「もういい」って言わなかった。
可愛いみんなに見送られた私が王城に到着すると、門番が三名に増えていて、一人が案内役をしてくれた。私の対応も二回目で既に手慣れたものだね。しかし案内された応接間は前二回どちらとも違う新しい場所で、部屋の多さに感心する。幾つ応接間があるのやら。
部屋の中には、王様の他に、ベルクとコルラードも居た。従者らも含め前回と大体同じ顔触れではあるが、アーモスとその従者は居ないな。そういえば、王様との初対面で私に失言をして睨まれたデブ……もとい、少し幅のある男性もあれ以来、見掛けていない。陰では今も生き生きしているかもしれないが、私を気遣って、目に入らないようにしてくれているんだろうな。
「久しぶり、王様。いつも突然でごめんね」
「いいえ。お会いできて光栄です。ご訪問、ありがとうございます」
促されるのに従ってソファへと腰掛ける。今日はお茶を入れてくれるのは侍女さんだ。私が言ったことをちゃんと覚えてくれているようだね。偉い偉い。目の前に出されたお茶に柔らかく礼を言ってから、王様に向き直る。
「噂程度で聞いたけど、エーゼンはちょっと落ち着いたみたいだね」
「はい、アキラ様のお陰です」
部屋の人達が一斉に頭を下げてくれるけれど、まあ、それは良いから状況を聞かせてくれ。今夜はラターシャ達に可愛く見送ってもらったので、まだ少し機嫌が良い。軽く「どういたしまして」と受け止めてから、「状況を教えて」と続けた。うん、この間より優しい対応だ。ラターシャ達に感謝をしなさい。
さておき、今は国が支援として送った二小隊がエーゼン砦に駐在を続けており、それが住民らにも広く伝えられると、避難をした者、または避難しようとしていた者も安心して戻ってきているようだ。ただそれでも不安を拭い切れず、別の街へと移り住んでしまった者も少なくはないらしい。一部の貴族などは、エーゼンの邸宅を完全に放棄はしていないものの、今も別荘などへ避難したままだとか。
「やはり、同じような脅威が迫った場合、避難は現実的ではありません」
「そうだねぇ」
全住民の避難用の馬車や馬なんか、何処に置いておくんだって話だもんな。
「よって、エーゼンの町長や領主とも相談し、籠城できる大規模避難所を建設する予定で進めております」
地下二階、地上二階建ての施設を、街の北方向へと作るそうだ。魔物らが住む森とそれを食い止める砦は街の南側なので、逆方向ってことだね。馬車で避難よりは確かに現実的だけど。
「結構な規模で作るんだね。避難所として使用する以外にはどうするつもりなんだろ」
作るだけ作って使う日まで放置するなら採算も合わないだろ。維持する費用だけで街は衰退してしまいそうだ。しかし私が思い付くくらいの懸念を為政者らが考えないわけもなく。地下部分は一部を備蓄倉庫として、地上部分は兵士らの訓練場や貴族のイベントホール、観劇場として利用することを王様が説明してくれた。
なるほど。平時には『貴族の遊び場』とすることで、建設の為に貴族らからも支援金を貰うんだろうな。賢いな。ということは避難時、貴族らにはちょっといい部屋があてがわれるんだろうが、出資しているなら平民も文句が言えない。なるほど平和的な構図だ。
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