第62話

 それからしばらく宿の部屋に引き籠って遊んでいた私がようやく町の散策に出たのは、アンネスの町に来て八日目の朝だった。ラターシャとルーイが張り切って町を案内してくれるのに甘えながら、美味しい食べ物や飲み物、そして綺麗な景色が見られる場所を教えてもらう。

「あれ見て、アキラちゃん、大きなお城!」

「へぇー本当だ。地図にあんなのあったっけ?」

 町の端っこに当たる場所は高台になっていて、かなり遠くまで見渡せる。その先に見えるお城を指差しているラターシャに尋ねたら、ルーイと競うようにして二人が説明してくれた。あれはもう使われていない廃城であるらしい。だから地図によっては不要として載せていないとのこと。

「周りにはすごく強い魔物が多くて、調査も入れなくてよく分からないんだって」

「きっと魔物に奪われてしまった場所だって言ってたよ」

 なるほど、面白そう。是非、観に行きたい。もうちょっと私の身体が魔力に慣れたら遊びに行こうかな。強い魔物なら、素材も価値のあるものが取れる可能性は高い。人が立ち入らない場所。貴重な宝とか眠っているかもな。なんせ城なんだから。元の世界のRPGを思い出しちゃうね。

「何か変なことを考えていない?」

 鋭いナディアさんが私の顔を覗き込んで問い掛けてくる。拍子に揺れた彼女の尻尾がふくらはぎにふわっと当たって、顔が緩んだ。

「いや、その内あの城に遊びに行こうと思っただけ」

「アキラちゃんは自由だね~」

「本当。怖いものが無いってすごいわね」

「無いことはないよ? ナディアとか――痛っ」

 脇腹を叩かれました。ほらぁ。ルーイも含め全員が声を上げて笑ったのでまあいいか。いやナディアは笑っていないけど。

 しかしまだ自由と言えるほどの力は、実際は無い。ポテンシャルだけがある感じかな。この世界に身体が『馴染む』ということにも最初は幾らか思うところがあったものの、今は早く慣れてしまいたいと思う。もしも本当に自由に魔力も扱えるようになったら、私だけじゃなくてみんなのことも、世界中の何処にでも連れて行ってあげられるのになぁ。

「廃城ね。覚えとこっと」

 とりあえず忘れぬように、地図には印を付けておいた。

「さてと! 今日は三姉妹にちょっとお願いがあります~」

 みんなでのんびりと町のお散歩を終え、宿で夕飯も取り終えた夕方。

 四人部屋へとお邪魔した私は徐にそう告げた。ナディアとリコットは何か嫌な予感がするみたいな顔をしていて、ルーイだけが可愛らしく首を傾けている。ラターシャは隣に居たので顔を見ていなかったが、もしかしたら姉二人に近かったかも。

「……お願いって?」

「血を下さい」

「アキラちゃん、話す順番」

 即座にラターシャが突っ込んだ。うん、ちょっとね、それを待ってただけ。嬉しくてニコニコしたら気付いたラターシャが「もう」って可愛い怒り方をして、寸劇を見せられた三姉妹は呆れていた。同時に、すぐに何の為であるかを気付いてくれた。ラターシャが持つ守護石のことと契約の手順を既に話してあったからだろう。その様子を見守って、三つの黒い石をテーブルの上に転がす。

「あなた、部屋に籠ってしていた工作ってこれ?」

「そーだよー」

 みんなと別室にしたおかげでしっかり集中できました。まあ、リハビリがてらゆっくりしたペースで作ったけどね。

 全部、ラターシャの持つ守護石と同じサイズだ。三姉妹は興味深そうにそれを眺めている。ラターシャが持つ石の元になったものであるとは思えないくらい色が違うせいだと思う。

「ナディアからで良いかな?」

「ええ」

 小さな針を持つ私の方に、何でも無い顔をしてナディアは手を出してくれたけれど。握った手がやや緊張しているのが分かる。リコットとルーイを怖がらせないように気丈に振舞っているだけで、彼女だって痛いのは怖いだろう。心の中でごめんねと呟きつつも彼女の強がりは気付かない振りをして、綺麗な指先をぷすりと軽く針で刺した。耳がぴっと横を向いて下がる。痛かったね。でももうおしまい。

回復ヒールと、対象契約コントラクト

 勿論、傷の治癒が最優先で。血の浸透を確認してから、術を発動する。ラターシャの時と同じく魔法石は眩しく輝いて、全員が堪らず目を閉じた。

「……流石の美しさだねぇ、ナディア」

 タヒチの海かってくらい透き通ったエメラレルドグリーン。これが彼女の魂の色か。惚れ直しちゃうね。

 そんな私の言葉に何と応えればいいのか分からない顔で照れ臭そうにしたナディアに、「ちょっとこれ持ってて」と石を先に渡す。後でまとめてネックレスに加工するからね。

 次はリコット。彼女はナディアと違って針が怖いってちょっと大袈裟にきゃーきゃー言っていた。こういう緊張の解し方もあるかもね。勿論ナディアに使用したのとは違う新しい針を綺麗に浄化した上で、慎重に指先を刺して、血を一滴。出来上がった守護石は、情熱的な深紅だった。

「宝石のルビーみたいだ! リコ、格好いいなぁ」

「わ~綺麗。ありがとうアキラちゃん、本当に嬉しい」

 頬を上気させ、目をきらきらさせている様子は本当に愛らしいのに、魂の色が深紅って格好良すぎでしょ。両手で大事に受け取る彼女に微笑んでから、最後はルーイへと向き直る。守護石は欲しいけど針が怖いって複雑な顔をしているのが堪らなく愛らしいな。

「怖いねぇ。あ、そうだ、明日のおやつ時に、ケーキを焼いてあげる。ルーイはどんなケーキが好き?」

「え、えーと、うーん、フルーツが沢山乗ってて、生クリームが」

「うんうん」

 聞きながら刺した。びっくりしたのと痛いのとでちょっと跳ねていたけど瞬時に治癒をしたので何か言おうと口を開いてそのまま閉じていた。ごめんって。ケーキは本当にご要望のまま作るから。スポンジを焼くのには自信があるんだ。こっちの調理器具と食材でどこまでそれが発揮できるかは、明日試してみないと分からないけどね。

 そうして出来上がったルーイの守護石はスカイブルーだった。この子ら全員、魂が美し過ぎて涙が出そうだよ。

「これが私の石?」

「そうだよ。ふふ、ルーイは瞳も髪も守護石も、全部が同系色で綺麗だね」

 すぐに加工しようかと思ったけど、ルーイが手を出してきたから渡してあげる。しばらくそのまま触っていたいのかもしれない。一旦彼女の分は置いておいて、ナディアとリコットの石を金具に嵌めてネックレスに加工する。二人が首から守護石を下げた頃、ルーイも嬉しそうに石を持ってきた。可愛い。自分も首から下げたいもんね。

「長さは此処で調整してね。はい、出来た。よく似合ってるよ」

「ありがとう!」

 ルーイが嬉しそうにそれを身に着けた瞬間、みんなが一斉に頬を緩めるの平和で良いな。みんなルーイが可愛いんだよね。

「これでもう、それぞれ単独で行動しても基本は安全だよ」

 流石に魔物の群れに飛び込むとか治安の悪い町を夜に一人で歩くとかは止めてほしいが、日常生活に不安は無い。私の言葉に、三姉妹はそれぞれお礼を言ってくれる。

 だけどみんなを守ると約束したので、私としては当然です。

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