第63話_穴場

「アキラちゃんの魂は、どんな色なのかなぁ」

 みんなの色を見せてもらっていたラターシャがぽつりと呟くのを聞いて、私は軽く首を傾けた。

「さっき見たでしょ? 元のがそうだよ、多分」

「……え?」

 黒曜石みたいに、真っ黒で一切の透明感が無いあれ。私の言葉にみんなが息を呑むようにして振り返った。そんな顔されましても。みんなの色が綺麗すぎるんだよ、比べられても困りますって。

「そんなはず……」

 ラターシャがあんまりに酷く動揺して瞳を揺らすものだから、手を伸ばして頭を撫でた。

「だって、あの石がそのまんま私の魔力の結晶なんだよ」

「あくまでも魔力の色であって、契約とは違うでしょう?」

「そうだけどさ」

 ナディアが何処か慌てたように反論するのに、軽く頷いた。確かに厳密にはみんなとは状態が違う。ただ、私としてはそんなに拘るところじゃないのに、みんなの顔は妙に真剣だ。続けてリコットが、この部屋に沈黙を落とさないようにするみたいに口を開いた。

「……アキラちゃんも契約してみたら分かるんじゃない?」

「そうかもね。ま、勿体ないから止めとくよ。私には守護石って意味無いし」

 この守護石の一番の効力は『発動したら私に居場所が伝わる』ってところだからね。意味わからないでしょ、自分に自分の居場所が伝わるとか。

「まあまあそんな顔しないで。真っ黒ってのも格好良くて個人的には気に入ってるよ」

 私らしいとも思うからね。

 だけどみんなは少しも納得した顔をしなくって、むしろ拗ねるみたいに口を噤んでしまった。折角、守護石を喜んでくれたのに、失敗したな。言わなかったら良かったか。別の話題にしよう。

「予定通り十日間の滞在でアンネスは出発するから、みんな、残り日数そのつもりでちゃんと休むんだよ」

「……あなたもね」

 気を遣ったのが分かるのか、一瞬何か言いたげに私を見つめたナディアだったけれど、小さな溜息を挟んでそのまま話を合わせてくれた。

「うん、だから今夜は飲みに行ってきまーす」

「アキラちゃんの『休む』ってそうなるんだ」

 リコットが呆れた様子で笑う。みんなはちゃんと夜はお部屋で休んでいて下さいね。

 この国でもお酒は二十歳から飲める決まりだそうだけど、共通の身分証があるわけじゃないのでその辺は自己申告らしい。だからルーイ以外は飲みに行っても咎められはしないだろうが、まあ、やっぱり決まりは守っておきましょう。身体にも良くないからね。

 勿論ナディアは二十歳なので飲めるはずだけど、私と二人で飲みに行くとか絶対に付き合ってくれないって知ってる。あと、昼も夜も働いていたような彼女らに今は、夜にはゆっくりするという生活をさせたいという私の勝手な気持ちもある。

「じゃあ、おやすみ~」

「アキラ」

「ん?」

 四人部屋を出ようとしたら、ナディアが私を呼び止める。振り返れば、首から下げていた守護石を手に、真っ直ぐ私を見つめていた。

「これを与えたからって横着しないで、朝食にはちゃんと合流しなさいよ」

「ふふ、はぁい」

 守護石さえ与えておけば別行動が取りやすくなる。最初にラターシャへと石を与えた理由もそこにあった。流石、ナディアにはバレバレですね。朝の合流をちゃんと約束して、日が変わる少し前に私は宿を出た。

 一応、宿のご主人にお勧めの酒場は聞いたけれど、ローランベルのような不穏な噂は無かったので、今回は自分で開拓もした。そうしたら最高の穴場を発見。人はまばらで、店内は少し暗い。店主は不愛想で無口だった。ただ、おつまみがめちゃくちゃ美味しい。自家製のタレに漬け込んで焼いただけの肉で無限に酒が飲める。わーい、レシピ盗もう。別にこのタレで商売しないから許してね。

「よく食ってよく飲むお嬢さんだな」

 私がカウンターで一人、楽しく食べて飲んでいたら、少し離れたところのテーブルで飲んでいたおじさんが声を掛けてきた。口に入っていたポテトをお酒で流し込んでから答える。

「その為にあるお店じゃないかってくらい、食べ物とお酒が美味しいよ」

「ははは! 違いない」

 豪快に笑ったおじさんは私の隣に腰掛ける。私は蒸留酒を飲んでいるけど、彼は麦酒らしいジョッキを傾けていた。

「……あんた、魔術師か?」

「うん、そうだよ。どうして分かったの?」

 彼は唐突に声を少し落として尋ねてきた。ナディア達から教えてもらった通りなら魔術師は珍しいはずで、その辺を歩いているだけじゃ中々疑われることは無いはずなんだけどな。驚いた。

 何故なら、魔術師は珍しいだけに就職先は幾らでもあり、ほとんどの場合、身分が高くなる。元々貴族であることも多い。だから小さい町の酒場で一人飲んでる女がそう見えたとは考えにくい。私の問いに、おじさんはちょっと得意げに笑う。

「こんな隠れ家のような酒場に、何の武器も持たない女が一人で飲みに来るのは肝が据わりすぎてるだろ。だが無防備なのかと思えば、近付いたらちゃんと俺の武器を確認している」

 よく見てるなぁ。確かに、傍に来た時に彼の得物へ視線を向けている。魔法を好きに使える私もいきなり死角から頭ぶっ飛ばされたら死にますからね。

「そこいらの女性よりは身体を作ってるようだが、武闘派って程の身体じゃない。それに、歩き方や姿勢が異常に上品だな。あんた、良いところの嬢ちゃんじゃないか?」

「へぇ」

 確かに貴族は平民よりも魔法を使える割合も高いと言っていたから、それを疑っていたなら私が魔術師かもって思うのは納得が行く。しかし、元の世界で言えば「良いところのお嬢様」ってのはあながち間違いじゃないんだけど、この世界の私は何の身分も持たないのでこの問いにイエスとは答えられなかった。

「親から厳しい教育はされたけど、残念ながら平民だよ」

 私の答えにおじさんは意外そうな顔をする。それほど彼から見て私の立ち居振る舞いは平民ぽくないのだろうか。ナディア達も夜の仕事をしていただけに歩き方や所作は綺麗だけどな。ラターシャも、お母様の教育が素晴らしいのだろうと毎度感心する程度には、行儀の悪さは全く無い。

「それで、魔術師に何か用?」

 けれどあんまり根掘り葉掘り聞かれてしまったらぼろが出そうだ。逆に彼の真意の方へと水を向けたら、おじさんは私の意図を理解したのか、ちょっと申し訳なさそうに笑って肩を竦めた。

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