第61話_異種族間
部屋で一人、集中して作業した後は疲れて少し眠っていた。起きたら何処かから音楽が聞こえていて、誘われるように散歩に出る。ナディアとリコットが並んで座っていたのでそっと近付いたら私の話だった。立ち聞きしてみる。中々興味深い。まあ当然のように黙って聞いてたことはナディアに怒られた。リコットは笑ってた。
「ところでリコ、それ良いね、何処で買ったの?」
「ん、あそこにある露店だよ」
「なるほど果物屋さん。美味しそう。私も買おっと」
リコットが傾けているカップから複数の果物名が出ていた。色んな果汁をブレンドされている飲み物のようだ。美味しかったらレシピ盗もう~。
立ち上がった瞬間、少しだけ身体の感覚がふわ付いて、一歩、不自然に足を踏み締める。そして何事もなかったように歩き始めてみたが、後ろでナディアが「アキラ」と低い声で呼んだ。目ざといなー。
「はいはい」
「大丈夫? 立ち眩み?」
「一瞬ね」
もう大丈夫だよと告げるみたいに笑顔を浮かべたし、私としては嘘じゃなかったんだけど。ナディアは私の顔をじっと見つめて、眉を寄せた。
「……買ってくるから此処に居なさい。リコットと同じもので良いの?」
「んー、うん、じゃあお願い」
本音を言えば売っているものを全品この目で見たかったけれど、今度でも良いか。別に歩くことは辛くなかったが、心配を掛けている自覚もあったので受け入れた。座り直すと同時にナディアが立ち上がり、彼女が持っていた飲み物はリコットに預けていた。
「は~、尻尾が可愛い」
「あはは」
離れて行くナディアを見て思わず言えばリコットが笑う。ちなみにナディアにも届いてしまったらしい。耳が一瞬こっちにぴくって向いた。この距離でこの音量でも聞こえるのか。怒られそうな軽口じゃなくて良かった。
「アキラちゃんって獣人の耳とか尻尾が異様に好きだね、しょっちゅう目で追ってる」
「だって可愛いんだよ~」
何の理由にもなってないな。とりあえず動物が好きだってことと、私の世界には獣人族が存在しないことを伝えた。リコットは笑顔を浮かべたままで少し納得した顔をする。
「この世界じゃ、人族はまず獣人にそういう興味を示さないんだよ。人族は人族と。獣人は獣人とって感じ」
獣人の中で異なる系統を選ぶことはあるけどね、と続けたリコットの横顔を凝視する。間違いなくタグは『本当』を示しているのに、私はそれが信じられなかった。リコットは私の顔を見てまた笑う。
「アキラちゃんを見てると今更、どうしてなんだろうなあって思うよ。そういうものっていうか、疑問に感じたことも無かった」
本屋で見付けた本の中に、色んな種族の起こりがまとめてあった。どれも『そう考えられている』みたいな曖昧なもので明確ではない。この世界に文明らしいものが出来た時点で、今ある種族は全て揃っていたようだ。起こりを観測した記録は無かった。
その中で獣人族は、獣と人間の良いとこ取りをする形で、人、または獣から『進化した』という説が有力で、人との間に子供を作った獣が居たわけではないらしい。この世界に来て最初に見た時は浅慮にハーフみたいなもんだと思ってたよ。ファンタジーだからそんなこともあるんだーみたいな、雑な感じ。どの道、ファンタジーだが。
「道理で、買わせてって言った時にナディアが目を見張ってたわけだよ」
同性であるせいかと思っていたけど、今思えばナディアにしては驚き方が異常だった。それにこの世界、同性愛はわりと受け入れられている気がする。私が女性から誘われることもあるし、男性が男性を誘う場面も、夜には結構見る。聞けば、同性からの誘いはそんなにびっくりしないってリコットは話してくれた。
「違う種族から『可愛いね』って言われることはあるよ。本気で誘っては来ないだけ」
カフェでの対応はその一環か。なるほど。つまりあの時ナディアは私が揶揄っているだけと思っていたんだな。
ってことは……私が獣人族を誘って抱くのはかなり目立つんじゃないか? え、未来の巨大な憂いに気付いてしまった。ちょっと待って。こんなに好きなのにそんなのは嫌だ。
「え、何とかならない?」
「あはは! 私に言われても!」
そうなんだけどさ~~~。項垂れたところで私の飲み物を買ってきてくれたナディアが戻った。
「何を盛り上がっていたの?」
「アキラちゃんがこの世界の変態にならない方法について」
「無茶な話を……」
「せめて内容を聞いてから呆れてくれない?」
リコットがずっとお腹を抱えて笑っている。何がおかしいんだ。これは死活問題だぞ。だけどちょっと落ち着いたリコットが説明すれば、ナディアは一層呆れた溜息を吐いていた。死活問題なのに……。
「それより、はい、飲み物よ」
「ありがとう。幾らだった?」
「……ばかじゃないの」
「え」
払おうとしたのにナディアはそう言うと私から離れて行く。またリコットの向こう側に座るようだ。リコットはさっきみたいに大きな声で笑わなかったものの、ちょっと目尻を下げて口元を緩めると、「アキラちゃんから貰ったお金だよ」と言う。いやだからそれは君らが稼いできたお金だってば……いまいちこの辺、噛み合わないな。口論したいわけじゃないので、「ごちそうさま」とだけ呟いておいた。ナディアからの返事は無かった。かなしい。
「公衆の面前で誘わずに、お友達になってからアプローチすればいいでしょう。された当人は引くかもしれないけれど」
「なるほど賢い!」
ナディアの名案に思わず膝を打つ。異種族間での友情は当たり前に存在するみたいで、三姉妹のような特殊な環境でなくとも色んな種族が集まってお酒を飲んでいたり、少人数でも仲良く話していたりすることは、よくある光景だ。その内の一つであるように普通に話し掛け、仲良くなった時にこっそり目当ての子だけにアプローチをする。目立ってベッドの誘いはしない。
割と当たり前のことだが、私の世界よりも更に気を付けなければならないってことだな。そうしよう。採用。
「でもナディにあんなナンパをしたのはあまりに君が可愛かったからで、流石にいつも目立ってるわけじゃないよ?」
「……結局、理性に問題があるってことでしょう」
うん。そうとも言うね。盛り上がってしまうと勝手に口がね。またナディアが長い溜息を吐いたのが、リコットの向こう側から聞こえる。すると、ずっとニコニコしていたリコットが、少しだけ参った顔で首を傾けた。
「だからさぁ、いちいち私を挟んで仲良くしないでよー」
その言葉を聞いた後、しばらくナディアが私の言葉に応えてくれなくなったんだけど。そりゃないよ。
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