第59話

「女将さん、おかわり~」

「はいよ」

 朝の食堂。全快の私は相変わらずみんなより多くのご飯を食べていた。元気になった私の顔を見て最初は安心した様子だった面々も、次第に変なものを見るみたいな目に変わっていく。

「急に沢山食べて大丈夫なのかしら」

 もう元気いっぱいだし大丈夫! 昨日食べなかった分、沢山食べて元気出さなきゃいけないしねー。と心の中では答えたけれど口いっぱいにご飯を放り込んでいたので何も喋れない。とりあえず頭を縦に動かしておく。ナディアが呆れたように溜息を吐く傍ら、他三人はちょっと眉を下げて笑っていた。

「はぁ、満腹。じゃー四人部屋でちょっと話そうか。みんな予定とか大丈夫かな?」

 大量に食べていたので食事を最後に終えたのが私だった。のんびりお茶を飲んで待ってくれていたみんなにそう問えば、大丈夫だと頷く。昨日はみんな揃って町を散策していたらしい。また後でその話も聞こうっと。

「夜明け前には戻ってたんだけどね、ずっと寝てたんだ。心配かけてごめんね。熱出してるのも全然気付いてなかったよ。そのせいでいっぱい寝たのかなー」

 つまり昨日は何も食べていないということを半ば白状した形になるが、ナディアは視線を上げて私を見つめただけで、何も言わなかった。

「さて。えーと内容が盛り沢山だから話が前後するかもしれないけど――」

 前置きをしてから、私は色んな話を明かした。ウェンカイン王国の王様に会っていたこと。私には『転移魔法』という特殊魔法が使えるから、遠くまですぐに移動できること。それがナディア達の屋敷からボス猿さんや組員、客を追い出した手段だったこと。

 そして王様に会ったのは、麻薬組織の後始末を全てお願いする為だったとも話した。彼らの対応が上手く行けば、いつかはナディア達がもう組織の人間を怖がらずに外を歩けるようになるはずだから。

 ただ、エルフの里について王様から情報を得ようとしたことは話さなかった。エルフに対して思うところがあるのは私個人の考えであって、ラターシャはおそらくエルフを恨んでいない。私がそんな風にエルフを気にしていることは、伝えない方が良いと思っている。

「で、お願いする代わりに一件、討伐のお仕事をしてきた。それがすぐに帰れないかもって思った理由」

 討伐自体は夜の内に終えられたものの、夜通し森の中を歩き回って戦っていたことで疲れてしまったのだと簡単に説明した。本当の寝込んだ理由は疲れではないけれど、魔法の反動について話すつもりは今後も無い。

「あれ? じゃあアキラちゃん、別に馬車じゃなくてもレッドオラムには移動できたの?」

 ラターシャが首を傾けて指摘する。そうなりますよね。みんなにも多少は不便をさせている馬車移動を疑問に感じるのは尤もだ。けれど反動について隠す為には、此処で正直には答えてあげられない。私は笑いながら軽く肩を竦めた。

「出来なくはないけど、あんまり簡単じゃないんだ。使うのは緊急時だけにしたいね」

「そう……」

 転移魔法はおそらく私だけが使えるものだから、言いたい放題だ。嘘を吐くことを申し訳ないとは思うものの、言いたくないので仕方がない。魔力が身体に馴染みさえすれば反動は無くなるはずだから、無闇に気を遣わせたくなかった。

 ところで、一連の説明の中で一度も口を挟んでいないナディアは、何故かずっと眉が真ん中に寄っている。

「ナディ、怖い顔してないで、何か言いたいなら言ってよー」

「怖い顔はしていないわよ……そもそも行く前に説明しなかった理由は何なの?」

「ああ、それは、王様がどう出るか、分からなかったからだね」

 会ってくれない可能性も一つ考えていた。元々こっちが最初に接触を拒んだのだから。それこそアーモスのように私という存在を嫌悪していても納得できるし、または私を危険と捉えていたら、王様のような身分の人は「直接対峙すべきじゃない」と判断することもあるだろう。そして会ってくれたとしても、お願いを全て断ってくることも充分に考えられた。

 勿論、回収した麻薬を悪用しようとするような相手だったら、今回の件を託すにはあまりに信用ならない。そうなれば私が討伐を請け負うことは無く、再び不干渉の間柄に戻るだけ。

 このように、挙げればきりが無いくらいに、思い通りにならない可能性なんて幾通りもあったのだ。

「私のお願いが全部通ったのは運が良かっただけだよ。駄目な場合に、ぬか喜びはさせたくなかった」

 まあ、麻薬組織の件は託しただけでまだ解決したわけじゃないから、これも一種のぬか喜びかもしれない。けれど国が解決に動いてくれるってそれだけで、やっぱり彼女らが未来を考える上で明るいことだと思うのだ。当然、これからも接触する度に進捗を確認して、真剣に動いてもらえるように責っ付くつもりだけどね。

「とりあえず私の話はこれで終わり! 気になったらまたいつでも聞いてね」

 空気を変えるように軽く手を二回叩く。みんなも今すぐに聞きたいことがあるわけじゃないみたいで、肩の力を抜いたように見えた。

「さて。私はまた工作でしばらく部屋に籠るけど、何か困ったことがあったら部屋に来て~」

 立ち上がりながらそう言えば、ナディアが少し呆れた顔をして振り返る。

「結局あなたは別行動なのね……まあ居るならいいけれど」

「転移魔法で居なくなったりしないよね?」

「あはは、しないよ」

 ラターシャは少し不安そうに問い掛けて来る。しかし、正直しばらく使いたくないのよ、転移魔法。今回は酷い反動があったからね。

 ちゃんと部屋に居ると約束してラターシャの頭を撫でる。何回か繰り返したところで「もういいから」と言う彼女の頬が赤くなっていて可愛い。

 じゃあ部屋に戻るかと、四人部屋の扉へ向かって歩いたら、リコットは荷物を取りに行くと言って付いてきた。そういえば昨日は私の部屋に居たんだったな。

「そうだリコ、今夜の相手してよ」

「え」

 ふと彼女を振り返って言うと、昨日指名した時と比べれば控え目であったものの、リコットは驚いた顔をしていた。窓際に居たナディアの耳がぴくって動くのを見付けてしまう。怖いなぁ。そんなことを何も知らないリコットは、私を見上げて軽く苦笑いを浮かべた。

「今朝の意趣返しの予感がする~」

 中らずと雖も遠からず、ってところだけど。流石にその言い方は人聞きが悪い。

「いやいや、まさか。『愛情』を受け取ろうと思ってさ」

「も~調子いいなぁ」

 そんなこと言われてもさ。今朝みたいな可愛いこと言われたら、抱きたくもなるでしょうよ。

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