第56話

 勝手に三人分のコーヒーを淹れる。二人共、砂糖やミルクは要らないと言った。楽で助かるよ。でも私はちょっとだけミルク入れよう。

「あ、そういえば、ベルク」

「はい」

「見た目はお父さんに似てないけど、声はそのまんまお父さんだね。後ろから話されるとよく分かるよ」

 王様は暗い赤色の髪をしていた。顔は整っていて男前だったものの普通にしているだけで目つきが悪いって言われそうな顔。一方ベルクの髪は淡い茶色で、顔立ちは優しげで目が大きい。まるで王様とは系統が違う。でも声があまりに似ていて、びっくりして実は一度、森の中で振り返っている。

 彼は私の言葉にきょとんと目を丸めてから、少し恥ずかしそうに笑った。

「父に似ているところを挙げて頂いたのは、初めてです。そうですか、声が……」

 嬉しかったようだ。耳まで赤くなっている。可愛いところがあるね。もしくはお父様に容姿が似ていないせいで嫌なことを言われたことがあるのかもしれないな。コルラードも何処か嬉しそうに微笑み、「陛下もお喜びになるでしょうね。私から伝えましょう」と言っていた。そんな大きな話にしないでくれ。

「声って似るよねぇ。兄さんも、いつからか父さんと全く同じ声になったもんなぁ」

 成長期で声変わりして、更にちょっと落ち着いた頃だったかな。父さんと母さんが二人で何か話してるんだと思ってリビングに行ったら、父さんは居なくて兄さんが居て、爆笑した覚えがある。私の声も母さんに似ているんだってその時に兄さんが言っていた。

 私の言葉に一瞬、何かを言おうとしたベルクが、少し暗い顔で口を閉ざす。そうだったね、私から家族を奪ったのは君達だから、こんな話は心苦しいんだろう。フォローを入れるのも違う気がしたから何も言わないけど、重ねて責めたって私の心も傷付くだけだ。

「お、そろそろ集まって来ちゃったな。行きますか」

「はい」

 結界の外を魔物がうろ付き出している。どうせ入って来られないからのんびりしても大丈夫だけど、めっちゃ見てるから落ち着かないんだよな。コーヒーを飲み干して、椅子を片付ける。結界を狭めると同時に、また雷魔法を前方に放った。

 そこから更に三十分以上も歩いた。一度休憩しておいて良かったな。

「……これは、一体」

「『原因』だよ」

 私達が立つ足元には、巨大な魔法陣が敷かれていた。直径が三メートルはありそうだ。

 洞窟内も先程まで歩いた場所と違って少し広く、大きめの空洞。横道がいくつかあって、いずれからもまだ魔物が出ていたので雷魔法を入れておく。

「書き写すお時間を頂けますか? 出来るだけ早く済ませますので――」

「ああ、いや。その紙ちょっと貸して」

 ベルクが取り出した紙を寄越せと手を出すと、彼は首を傾けながらも素直にそれを渡してくれた。ペンは要らない。紙の上に、手の平を置く。

転写トランスクライブ

 生活魔法だよ。レベル10だろうけれど。

 私が全容を確認した上でしか出来ないので読んでいない本を転写するようなことは無理だが、こういう場面では役に立つ。地面に描かれているそれと同じものが、紙の上に浮かび上がった。

「どうぞ。間違いないかだけ、確認して」

「あ、ありがとうございます」

 ベルクとコルラードの二人が魔法陣の細かな部分まで、転写と相違が無いかを確認する。

 この魔法陣は、人間で言うところの精力剤や媚薬みたいな効力を含んでいる。勿論この大きさでそれだけじゃない。一番厄介なのが、妊娠から出産までの期間短縮、幼体から成体になるまでの期間短縮。つまり成長促進の効果だ。そりゃ大繁殖するわけだよ。

「確認が終わりました、間違いありません」

「オッケー、じゃあこの魔法陣は消すね。……ああ、そうか、なるほど。……いや、でもそれじゃあ」

「アキラ様?」

 急に腕を組んで考え込む私に、ベルクとコルラードは心配そうな顔で様子を窺う。うーん。一つ唸ってから、とりあえず二人にこの魔法陣の効力を話す。

「消したら当然、こんな効力は無くなって原因は取り除かれる。だけどもう一つ手があって、これを『反転』させることも可能」

「つまり、魔物らの繁殖行動を抑え込み、成長を遅延させられると?」

「その通り、だけどそれには一つ大きな問題がある。対象を『魔物』に限定できない」

 瞬間、ベルクは少しだけ静止して、ハッとした顔を見せる。そう、私達はその影響を既に見ている。洞窟周囲の、妙に生い茂った木々。つまりあれら植物にも、この魔法陣の影響は出ていた。私達は結界を纏って近付いているので幸い影響を免れたが、人も含め、生物全てに対してこの魔法陣は効果を発揮すると思われる。

「反転すれば、付近の植物の成長を停滞させる。それだけじゃない。将来もし此処を開拓して住まう人が出てしまえば、その人達にも影響が出る」

 魔法陣の影響はほぼ永遠に残る。今は『立入禁止』としてしまえば済むとしても、人の歴史が長く続くほどいつかはそんなものは薄れ、忘れられるのだ。

 私の言葉に二人は沈黙した。

 この森は元より強力な魔物が多いと言っていた。そんな場所の魔物の繁殖を抑制する魔法陣が敷けるとしたら、かなりの安全が約束される。けれど、それによって人々が森に入り込むようになる可能性は極めて高い。

「……この件を持ち帰ることは可能でしょうか? 対象を魔物に限定するような魔法陣に修正できれば」

「なるほど。確かに、改めて魔法陣を敷けないわけじゃないもんね。今すぐ答えを出すことはないか」

 此処で考えて実行するには『反転』は問題が大き過ぎるね。ベルクがその魔法陣の転写を城に持ち帰り、宮廷魔術師らに研究してもらって、対象限定の機能を加えられるなら実行する、って考えは悪くない。やっぱり賢いねぇ、ベルク。

「じゃあ、この魔法陣を壊すよ、少し離れて」

 これも魔力を籠めて敷かれているものだから、制御権を奪った上で消さなければ効力が残る。いつもの要領で制御を奪い、溢れたもやを火属性魔法で滅する。……デカかったな。っていうか、強かった。武器屋のおじいさんのところで相手にした杖の呪いよりも、抵抗が強かった。杖の呪いが魔族の力だったことを思えば、これは。

「……更に高位の魔族、もしくは、魔王さんかな?」

 いずれにせよいつかは犯人とご対面する羽目になりそうだな。少なくとも私以外が対抗できる相手じゃない。あーあ、全く。辟易するよ。

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