第54話_エーゼン砦
でも幸いなことに、私の『移動手段』は彼らの考えるそれより遥かに早いし、彼らが思っている以上に、私は強いんだよね。
「私には『転移魔法』が使える。砦まで移動するのに一分も要らないよ」
「……転移、魔法……?」
部屋がどよめく。彼らが言葉をきっちり飲み込むのを一旦黙って見守った。横から、侍女さんが新しい紅茶を淹れるべきかと窺っているのに微笑んで、遠慮する意味で軽く手を振る。
「戦えなくても良いから、王様が信頼してる人、誰か一人付けて。連れて行く。身の安全は保障するよ。あと、私は明日には元居た場所に帰りたいからね、あんまり長く戦う気は無い。って言うか、そんな必要も多分無い」
「必要が無い、というのは」
色々気になることはあるだろうけれど、王様が最も強く疑問を抱いたのはそこだった。私はゆっくりと頷く。買った本の内の一つに、魔物の生態について書いてあった。今、それを思い出していた。
「魔物は普通の獣と同じく、繁殖行動の結果で生まれてるんでしょ? なら急増には必ずタネや仕掛けがある。それを潰しさえすれば、殲滅までしなくっても脅威は終わる」
そして私のタグなら明確に、その『原因』の位置を教えてくれるはず。多分。出てこなかったら泣くからな、タグ。まあその時は本当に殲滅するわ。
「アキラ様には何か、お考えがあるのですね。承知いたしました。では、騎士を一名――」
「いえ、父上。私が参ります」
王様の言葉を遮るように声を発したのは、地図を広げてくれた青年だけど。今『父上』っつった?
「しかし」
「アキラ様は身の安全を保障すると仰いました。父上の名代として私に行かせてください。起こる全てをこの目で確認し、不足なくご報告します」
紅茶もう一杯貰っても良かったかな。これ眺めてるのちょっと手持ち無沙汰。なんて考えながら、静かに成り行きを見守る。王様は低く唸ってから「分かった」と静かに言った。お話し合い、短かったわ。良かった。
「似てないねぇ。王子様だったんだ?」
「はい、名乗り遅れてしまい、申し訳ございません。私はウェンカイン王国第一王子、ベルク・マルス・ウェンカインと申します」
第一ってことは長男くんかー。まあこの場に居るってことは、既に政治参加してるのかもしれないな。
「幾つ?」
「私は今年で二十三歳になります」
「ふふ、同い年か」
私は軽く笑ってソファから立ち上がる。王子と王様も合わせて立ち上がった。
「彼が心配ならもう一人だけ付けてもいいよ。騎士さんだっけ?」
さっき王様が付けようとしたのか、それとも付ける騎士を選ばせようとしたのか、振り返った先の騎士さんを見つめる。彼は目が合うと、素早く私に頭を下げた。
「どうかお連れ下さい。私はコルラード・レッジと申します。ウェンカイン王国騎士団長を務めております」
要人のオンパレードだな。
ちょっと笑ってから「いいよ」と答えた。すると王様が少し不安の色を薄めている。そんな安心感を与えられるくらいに、彼は腕が立つらしい。
「討伐の方は急ぎだよね。諸々引き渡すのは、戻ってからでいい?」
「はい、お戻りになるまでに、場所を用意しておきます」
「うん」
少しソファから離れるように歩いて、王子と団長を手招く。二人は何処に立てばいいのか戸惑う顔をしているが、別に何処でも良いんだよね。実はその場に居てくれても良かったんだけど、近い方が安心するかと思って。
「じゃあ行こう。今すぐでいいね?」
二人が頷くのに、私も頷き返して、三人分の黒い沼を出した。ずるりと三人の身体が飲み込まれていく様子を、王様含め部屋の全員が、真っ青な顔で見守っていた。これ、見た目が怖いよね。転移するだけなんだけどな。
転移先は、エーゼンの砦内ではなく、上空。王子と団長がぎょっとしている。情けない悲鳴を上げないだけ上等だ。
「何処に下りたらいいー?」
「あ、あちらの、赤い旗が見えますでしょうか? 砦の指揮官が居るはずです、ので、そちらへ!」
「オッケー」
声が震えてるのは聞かなかったことにしてあげるよ、王子。
ひょーい。降りまーす。
降下したら流石にちょっと小さい悲鳴が聞こえた。ふふ。ごめんって。
空から迫る存在にそこに居る人達が咄嗟に攻撃することもあると思って結界を張ったけど、彼らは臨戦態勢で構えただけで、攻撃はしてこなかった。
「剣を収めろ! ウェンカイン王国第一王子ベルク・マルス・ウェンカインだ! 国王陛下の名代として此方に来た!」
わーすごい。一瞬前まで声を震わせてたのに、毅然とした態度に戻ったよ。立派だねぇ。
団長も続いて名乗れば、この場に居る人々は彼らに道を開け、または跪いている。私はフードを深く被って顔を隠し、後ろをのんびりとついて歩きながら「救世主ってのは禁句ね」と彼らの背中に言葉を投げた。二人は驚愕の表情で私を振り返る。多分「救世主様を連れてきた」って言葉で説明しようと思っていたんだろうけど、それはちょっとね。
「日雇いの魔術師ってことで」
今後もお国の為に働くとは、言ってないからね、私。意味することを理解したらしい王子は、微かに渋い顔をした後で、「承知いたしました」と唸るように低く言った。
「――さて」
説明諸々は王子と団長に任せるとして。私は砦の上から森側の地上を見下ろす。問題の森から一番近い人里と言っても、別に森沿いにあるわけじゃない。森との間にはだだっ広い平原がある。そこを、気持ち悪い量の魔物が走っていた。こりゃ大変だ。絶えず大砲の音が響いて、魔物を倒しているが、一発当たっても倒れないようなものも多いらしい。なるほどねぇ。
「ベルク、もう始めるよ」
「はい、すぐに参ります!」
王子を呼び捨てにした時点であんまり『日雇いの魔術師』って感じじゃないけど、まあ良いよその辺は。ベルクは言った通りすぐに私の傍に駆けてきた。勿論、団長も彼の傍を離れないように付いている。
「平原には人居ないよね? 見える影、全部ぶっ飛ばしていい?」
「は、はい。人は居りません。お願いします」
彼の言葉に『本当』が出たから、よし大丈夫だなと平原の方に向き直る。じゃあ行きます。いつになく加減なしに魔法使って良さそうだね。ドーン。
砦から巨大な津波を起こし、森に向かって全てを押し返すように流す。ほとんどの魔物が圧死した。けど、ちょっと残ってる。さっきみたいな数じゃないけど、流石にちまちま殺すの面倒くさいので、雷と合わせます。はいバリッとな。
平原を浸した水に雷魔法を混ぜるみたいに全体を感電させた。眩しいくらいの光が辺り一帯を照らして、うーん、ちょっと目立ち過ぎだな、この光は。少し反省した。周囲の町にも見られたかも。ふふ。済んだことはまあいいや。
「これで第一陣は終わったかな?」
爽やかに言い放つ私の言葉に応える者は無かった。
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