第52話_枷

「じゃあ、薬と書類なんだけど。此処に出したらまずいよね? 何処か場所、確保してくれる? 書類に関しては入れてあった棚二つと、机一つをまとめて回収しちゃったから――」

 この言葉の途中で、不意に私の視界の端に男性二人が入り込む。どちらも、背後から私を窺うように覗き込んだみたいな動きだ。反応してその内の一人へ顔を向ければ、彼は不自然にビク付いた。私が見つめた方は装飾の多い服を着ていて、もう一人は従者だろうか、彼よりは質素で、年齢も若い。

「何?」

「おい、何をしている。無礼だろう」

 王様が強めに注意をすると、彼は王様に向かって慌てた様子で両手を振った。従者らしい彼も一歩下がる。

「申し訳ありません、紅茶のおかわりが必要ではないかと、つい、確認を」

「……まだ良いよ、ありがとう」

「いえいえ、失礼いたしました」

 殊更にこやかに笑みを浮かべ、彼は少し下がった。それを見守って、私は一度、紅茶に目を落とす。まだあまり口にしていないが、半分くらいにはなっている。勿論、変なものが入っていないことはタグで確認済み。小さく息を吐いてからまた紅茶を一口頂いて、カップをソーサーに戻す。そして王様に向き直ろうと上体を起こした。

 その瞬間、カップから手を離したばかりの私の手首に、さっきの従者らしい男が素早くかせを掛ける。ガシャンという無機質な音と、その金属音にはそぐわない、やけに温かな感覚が手首に広がった。術が入った感覚だ。王様はその光景に私よりも酷く驚き、息を呑んでいた。

「おい、何をしているんだ!」

「陛下は甘いのです! 我が国の為に戦わぬ救世主の話を聞く必要などありません!」

 叫んだのは、私に枷を付けた男ではなく、先程、私の紅茶の様子を気にした等と言っていた男の方だ。なるほど、彼の指示か。

「そもそも、救世主ほどの力を持つ者が野放しになるなど言語道断です! 実際もう我が国民を殺めたと自供しております。正式に罪人として、こうして魔力封印の枷で捕らえて――」

「あなた、名前は?」

 私は枷のことを置いておいて、ゆったりとソファの背に身体を預けると、彼を見上げて問い掛ける。彼は一瞬、面を食らったように固まって、そして目を吊り上げて私を睨んだ。

「貴様のような何の価値もない救世主に、名乗る義理など――」

「いい加減にしないか!!」

 男の言葉を、王様の怒号が止めた。部屋が震えるような声に、私は内心、溜息を一つ。王様は男を強く睨み付けて、震える声で続けた。

「これは命令だ。無礼な言葉を一切挟まずに、アキラ様の問いにお答えしろ!」

 彼の声が震えているのは怯えではなく怒りであるのがよく伝わる。男は王様の剣幕に怯えた顔をした後で、私には鋭い視線を向けながら渋々と答えた。

「アーモス・エミル・ブラジェイと申します」

 確かに無礼な言葉は全く無いが、声がもう嫌々なんだよな。まあ良いんだけど。

「そう。アーモス、私に『真偽』のタグが見えてること、頭に無かったかな? あなたは文官に見えるけど、賢くはないんだね」

 もしくは報連相がなっていないのか。そうも考えたが、私の言葉に彼はハッとした顔をしていたので、タグのことは知っていたんだろうな。最初に「紅茶の確認」とか宣ったのがまるで『嘘』だって、ちゃんと見えてるよ。ついでに「何故」と私が疑問を抱いたもんだから、この枷の存在もタグは教えてくれていて、今の状況は、その時点ですっかり予想済みだった。

 私は右手に掛けられた枷を左手で掴み、そのまま何の抵抗も無く取り外す。バキンと鳴って、あ、しまった壊しちゃった。と思った。

「ごめん、高価なものだった? 外したら壊れるんだな、これ」

 半分に割れるような形になってしまったそれを、テーブルに置く。アーモスは酷く怯えた顔をして後退り、壁に激突していた。

「そっ、そんなわけが! そんなわけがない!! その枷はどれほど力のある魔術師でも完全に封印――」

「うるさいなぁ」

 拘束魔法を発動し、首に出現させた金属の輪っかを、そのまま床へと張り付ける。顔を打ち付けたらしいアーモスは「ぶべっ」とか間抜けな声を漏らしていた。

「私、大きい声が嫌いなの。覚えておいて。……ねえ、アーモスをこの場から外してくれる?」

「仰せのままに」

 私が願えば王様は一切の躊躇なくそう返してくれたから、アーモスに付けた拘束魔法は外した。王様の命令で彼は騎士二名に担がれるようにして出て行った。何か静かだと思ったら、床に張り付けた時点で気絶していたらしい。雑魚だわ。ちなみに彼の指示で私に枷を付けた男も、一緒に連れられて行った。頭の悪い上司を持ったこと、同情するよ。

 さて。そして彼の使った魔力を封じるとかいう枷だけど。

 無制限な道具なんてあるわけねーだろバーカという気持ち。

 あの道具が封じることが出来る魔力には上限がある。その分の魔力はあの時点で確かに私も封じられた。だけど『余った』魔力で道具の制御権を奪ってしまえば良いだけの話だ。解呪の時と一緒のやり方。そもそも私は彼の言うような『力のある魔術師』と比べても魔力の桁は三つ違うんだから、こんな道具、まるで意味がない。百分の一以下の魔力が取られたからって何だって話。

「多大なるご無礼を、深くお詫び致します」

「もういいよ。暴走する部下を持つのは大変だねぇ。あ、じゃあちょっと小さいお願いなんだけど、聞いてもらえるかな」

「何でしょう」

 もういいと言っておいてあれだけど、折角だから今後の為にもこれは要求しておこうかな。

「お茶淹れるの、女の子にしてくんない? 彼のお茶は間違いなく美味しいんだけどさ、私、女の子が好きなんだ」

 王様は軽く目を丸めて静止した。まさかこんな要求があるとは思わなかったんだろうな。私がちょっと笑うと、ぽかんとしていた自分が恥ずかしくなったのか軽く咳払いをしてから、紅茶を淹れてくれていた執事さんに指示を出して、侍女さんと交代させていた。ごめんね執事さん。あなたは何も悪くなかったんだけど、私の好みの問題でね。改めて、可愛い侍女さんが淹れてくれた紅茶のお代わりを傾けた。

「で、何だっけ。あー、そうそう、薬と書類の出す場所」

「はい。すぐに手配させます」

 今度は邪魔も入ることなく円滑に、私の言葉に応じて周りの人達が慌ただしく手配に動き始めた。

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