第51話_外出

 夕飯はみんなと一緒に取って、その後は四人部屋でみんなの為にお湯を出した。お風呂用。

 こればかりは私が居ないと出来ない。この地域は寒くないから水風呂でも辛いと言うほどじゃないものの、やっぱり温かい方が絶対に気持ちいい。それが終わると、私も自分の部屋でお風呂に入るべく退室する。心配そうな顔をしているみんなに笑みを向け、「おやすみ、また明日」と告げた。大丈夫だよ、嘘にはしない。

 みんなの部屋にしっかりと強い結界が張れていることを入念に確認した後で、部屋に戻る。

 私も入浴を済ませてしまえば、もう、昨日と同じ時間になるのを待つだけ。部屋の明かりはすっかりと落とし、窓からぼんやりと夜空を見上げていた。

「月が二つ……いや『月』って呼ばないのかなぁ」

 この世界には、夜空に浮かぶ月のような明るい星が二つある。一つは本当に月くらいの大きさで、もう一つはその四分の一くらいの大きさ。衛星なのだろうけれど、地球と違って二つ持つらしい。地球のパラレルワールドって説は消えたのかな。それとも月が何かの折に二つになったとか、もう一つ衛星がくっ付いたとか? そんなことあるのだろうか。天文学はよく分からない。ただ、私が見慣れた月の模様はどちらにも無かった。月、好きだったんだけど。ちょっと寂しい。

 それでも飽きずに眺めていればあっという間に、時間がやってきた。城に向かうべく、私は立ち上がって黒い沼を足元に出現させる。一人部屋にした理由の一つはこれ。この部屋から転移し、この部屋に戻る為には人の目が無い方が良かった。転移魔法についてみんなに話すのも、今回の外出が終わった後にするつもりだったので。

 昨日同様、裏路地から回って城へと歩み寄った。昨日は二人だった門番が、三人になっている。

「――お待ちしておりました」

 今度は声を掛けるまでもなく、並んでいた三名が声を揃えてそう言った。

「救世主様、ご案内いたします。国王陛下がお待ちです」

 どうやら一人は門番じゃなくて私の案内役だったらしい。中央に立つ騎士はそう言って恭しく礼をすると、門を開いて先導してくれる。どうでもいいがこの国、頭を下げる文化があるんだな。街中ではあまり見ないから、格式ばった場でのみ扱われる礼かもしれないけれど。

 連れて行かれたのは玉座の間じゃなくて、以前とはまた違う応接間だった。改めて、だだっ広い城だな。応接間も幾つあるんだか。

 扉前で丁寧な入室のやり取りがされた後で、ようやく中に入り込む。王様は豪華なソファの前に立っていて、私を見るなり腹部に手を当てて身体を傾ける。元の世界の、敬意を示す礼に似ていた。

「救世主様、またお会いできて光栄です。どうぞ此方へお掛け下さい」

「ありがとう。夜遅くにごめんね」

「とんでもございません」

 勧められた通りにソファに腰掛ければ、遅れて王様も正面に座った。目の前には前回同様、お茶請けが並べられており、傍で紅茶の準備が始まる。でも私はそれが終わるのを待たず、さっさと口を開いた。

「ちょっと報告しておきたいことと、お願いしたいことがあって来たんだ。それと私の名前は『アキラ』、救世主様ってのはもう止めてほしいね」

「承知いたしました。アキラ様」

 見つめた王様の顔色は以前のように悪くない。元々身体が弱いとか悪いとかではなく、あの時が特別だったのかな。まあいいや。用件をさっさと済ませよう。

「少し前に、ローランベルって街に立ち寄った。そこで麻薬を捌いてる男達と接触して、全員殺した」

 簡潔に話した事実に、王様を含め、部屋に居る全員が息を呑んだ。

「彼らが飼っていた女の子達を守るのに、殺すのが手っ取り早くてね。あなたの『国民』を摘んでしまって悪かったとは思うけどさ。ああ、街では既に薬で死人も出てたみたいだよ」

 誰も口を挟まない。王様の唇は微かに開いていて何かを言おうとしているようにも見えるのに、それ以上動くことは無い。

 私はそのまま淡々と、彼らがどのような手段で麻薬を使い、客を漬けていたかを説明した。まだ組員がローランベルを除く町に残っていることも。

「彼らが今まで仕事をした町はサラン、アクトミレ、ゼーヴェ、ジア、トロンガだって言ってた。……覚えた?」

「記録したか」

「はい」

 王様が少し後ろの机に控えている男性を振り返って声を掛けている。男性は机に向かい、ペンを素早く走らせていた。速記者みたいなものかな。まあ覚えてくれれば方法は何でも良い。私は一度聞いたものは大体記憶できるんだけど、他の人は違うみたいだからね。此処で情報を零されてしまうと来た意味が無くなる。

「薬と、彼らの持つ書類の全ては回収してきた。全部引き渡すから、調べて対処してくれないかな。具体的には、薬の被害者の発見と治療。それから残った組員の捕縛」

 組員の処分方法については国の法に任せるつもりだ。殺せとまで求める気は無い。ただ、三姉妹へ今後、彼らから害が及ばないようにしてほしい。被害者についても同じこと。これ以上、薬により何かの被害や犠牲者が出れば、少なからず加担してきた彼女らにとって傷になってしまう。淡々と説明する言葉を聞き終えると、王様は一度しっかりと口を閉ざして、深く頷いた。

「承知いたしました。私としても、我が国内でそのような薬が出回るのは看過できません。ご報告頂き、感謝申し上げます」

 そう言ってくれて助かるよ。言葉も『本当』だって出ているし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る