第50話_別部屋

 ラターシャと出会って以来、夜遊びの為に私が少し傍を離れることはあっても、一日以上を離れるのは初めてになる。だけど私は笑みを浮かべ、何でもないことであるように振舞い続けた。

「この部屋に結界を張るから、まあこんな長閑な町で何も無いとは思うけど、私が居ない間にトラブルがあっても此処に居れば危険は無いからね」

 彼女らを一つの部屋に入れたのはそれが理由。全員が一緒であれば各々の不安も和らぐだろうし、結界も一つで済む。

「それから、外で不安がある時はラターシャと一緒に行動して。この子の『守護石』があればほとんどの危険は回避できる」

 三姉妹にはまだ説明していなかった。ラターシャは首から下げて服の中に隠していたそれをみんなに見せてくれる。これがどういうものであるかを簡単に伝えた。契約者はラターシャだから、彼女を守るものではあるものの、だからこそラターシャの背に隠れたらみんなも大丈夫ってわけ。特に、これが発動した時にのが一番大きい。

「どんな場合でも、守護石が反応したらすぐ駆け付けるからね」

 守護石を握るラターシャの小さな手を両手で包んで、目を見つめながら伝えると、ラターシャが唇を噛み締めて頷く。これでも、まだ不安か。

「あと、それぞれお金を渡しておくね」

 別にそういう不安じゃないのは分かっているんだけどね。でも現実的なナディアとリコット辺りは既に心配してそうだから。

 私は数日分のお小遣いとして、それぞれに小銭も込みで大銀貨二枚分くらいが入った巾着袋を渡して、それからそれとは別に、金貨六枚分くらいが入った大きな袋を一つ。大きい袋だけで、日本の価値で言えば六十万円くらいかな。ちなみに小袋の方は二万円くらい。とりあえず年長者であるナディアに大袋を手渡すと、中身を見てぎょっとしていた。

「ちょっと、こんな大金――」

「離れるから念の為に渡すものだけど、それはそのまま三姉妹にあげるよ。ほとんど君らの組織から奪ったお金だから、君らが稼いだものだ」

 あの屋敷にあった金品はまだ換金していないが、硬貨だけでもかなり置いてあった。彼女らに渡したのがそれだ。それは私やラターシャが使うべきものではない。

「すぐに必要になることはないだろうから、誰か一人の収納空間に入れておくか、みんなで分けて持つかは相談して決めてね。とりあえず、出し入れするのはこの部屋でした方が良いと思うけど」

 何の力も持たない女の子が外で扱うにはあまりに大金だ。日本とは違って『収納空間』が存在するこの世界じゃ、手荷物を奪えば済むものではないだけに、悪い奴に目を付けられたら奪う為に何をされるか分かったものではない。ナディアは慎重に頷きながら、大金を見つめている。

「あ、ラタに渡したお金は私がちゃんと稼いだ分からのお小遣いだから、気にせず使ったらいいから」

 頷いている彼女を見れば、ラターシャの眉はすっかり垂れ下がっている。そんな顔も可愛いんだけどね。頭をよしよしと撫でる。大丈夫、大丈夫。君らが不安になるようなことは何も無いから。

「ごめんね、話さなきゃいけないことは多分いっぱいあるんだけど……帰ってきたら、ちゃんと事情を話すよ」

 どう転ぶかは確証が取れないと何とも言い難い。それこそ、無駄な不安を彼女らに与えたくはないのだ。明日中には必ず帰ると、改めてみんなに約束した。

「アキラ、あなたが帰ってきたのはどう確認するの? 同じ部屋にしてくれたら、分かりやすかったのに」

 ナディアの呟いた指摘に、みんなからの視線が集まる。ナディアって結構鋭いよね。そのまま流してくれてもいいのにさ。私を別の部屋にしたのは三つの意味があって、これはまだ、どれもみんなに話せないものだ。

「うーん、明日は朝昼晩、此処の食堂で食事を取ってくれる? 戻ってて、起きてたら合流するよ。夕飯時にも居なかったらご飯の後で良いから部屋をノックして。多分、寝てるだけだから」

 別の部屋にした理由を話すことは避けて、ナディアが問い掛けた『確かめる方法』だけを答える。私の部屋はこの四人部屋よりも手前にあって、さっき通り過ぎてきた。改めて部屋の場所と番号を伝えた。

「……戻るまで、毎晩ノックするから」

 怒ったみたいな声色でそう告げるナディアに私は笑った。

「うん、そうして。でも本当に、明日には帰るよ」

 念を押すように伝える。大丈夫。私は単純に戦って強いという以上に、『悪党』だって強みがある。私を害せるのは、私を超える悪党だけだ。

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