第44話

 かれこれ十日ほど、馬車の旅は続いている。目指すレッドオラムにはまだ到着していない。小さな町には一度立ち寄って、宿を取っているけれど。

「良いねぇ。すごく型が安定してきてる」

「本当?」

 昼休憩の時に、ラターシャが弓を引いているのを眺めてそう言った。一日合計三時間まで。ぶっ通しは一時間くらいを限度にして、間には三十分以上の休憩をさせるようにしている。ちょっと過保護かもしれないが、やはり成長期のラターシャにあまり無理な練習はさせたくない。

「そろそろ矢を持っても良いかもね、最初は巻藁だね」

「巻藁?」

 稽古用に藁で作った弓の的だと簡単に説明する。それを使うと矢を無駄に傷付けることが無いから繰り返し練習できる。まあ矢尻は専用のものにする必要があるけど、それはもう揃えてあった。問題は巻藁の方で、まだ作っていない。

 素材は揃えてあるんだけどね、結ぶの怠いなぁって。

 なんて言ってる場合じゃないな、ラターシャがこんなに頑張って上達しているんだから、無駄に足踏みさせちゃいけない。

「作るかぁ、よし。じゃあ今日は此処でこのまま野営にしよう。私は工作するのでね」

 みんなにそう告げると、各々了承の声を返した。ラターシャは申し訳の無い顔をしたけれど、私が以前に甘えてねって言った言葉を思い出してくれたのか、「ごめん」を言うのは飲み込んでくれた。

「アキラちゃん、何かお手伝い出来ることある?」

「ううん、大丈夫。私が目を離すからって、根詰めて練習したら駄目だからね」

「ふふ。うん、気を付ける」

 可愛く微笑んだラターシャの頭をぐりぐりと撫でてから、一旦、野営用のテントを出す。普段、昼休憩の時には出さないけれど、もう明日の朝まで此処に居るわけだし、みんなが好きな場所で過ごせるように。お昼寝したかったら、ベッドに入っても良いからね。

 その裏に回って、作業開始。

 どうして私が巻藁工作を後回しにしていたかと言うと、細かい魔法が苦手だからである。

「失敗しそうな予感がするんだよなぁ」

 そう思うからこそ予備は沢山あるけどね。結ぶ作業がなぁ……絶対加減を間違えて千切るんだよ私……。

 深く溜息を吐いても仕方が無い。まずは藁をもっさりと取り出す。かなりの量だが、ぎゅってするので最終的にはこぢんまりするはず。一か所に集め、巻藁の形に揃えて圧力を掛ける。長さ違いで多少はみ出しているものは後でカットするから無視。で、この状態をキープしながら縄を巻き付けます。最初は自分の手で普通に結ぶ。問題はこの後。均一な強さで両端を魔力で引っ張る。

「あーっ、くそ……やっぱりやると思ったんだよなぁ~」

 見事に切れましたね。初手で切れたから力加減が強すぎるんだな。動揺してちょっと巻藁の形も崩れてしまったので、整え直して、もう一回だ。

 そんなこんなで最適な力加減を見付けるまで六本の縄を無駄にして、ようやく、一本を結び終える。八本くらい巻き付けておきたいので、あと七本。流石に加減を見付けたのでその後は失敗しなかった。全部をしっかりと結び終えて、はみ出している藁をサクッと切り揃えて、巻藁の完成。

「は~、疲れた……」

「アキラちゃん、何か飲む?」

「どぉ!?」

 急に背後で声が聞こえて飛び跳ねる。私が発した奇声に、リコットが笑っていた。その後ろにはルーイとナディアが並んで地面に座ってる。いつから居たの? 聞けばほぼ最初から眺めていたらしい。結構つまらない作業をかれこれ三十分はしてたと思うんだけど。

「あー、水飲む、ありがと。あれ、ラタは?」

 誰の目も無いからって無茶な練習してないかな? そう考えたのが顔に出たのか、ナディアはちょっと呆れた顔をした。過保護だなって思われたらしい。

「さっき私が見た時は本を読んで休憩していたわよ」

 その言葉にホッと息を吐く。最初の無茶以来、ラターシャはちゃんと制限しているのだけど、最初を見ているだけに心配になってしまうのは仕方が無かった。

「で、みんなはどうしたの? 退屈だった?」

「それもあるけれど」

「魔法、珍しいんだもん」

 ナディアとリコットがそう言うのを、少しだけ不思議な気持ちで聞く。確かに彼女らはあの不快な焼印のせいで魔力を封じられていたのだろうけれど、このファンタジーな世界の中、魔法自体を『珍しい』って話すのが、私には違和感なのだ。

「……前から気になってたんだけど、魔法ってそんなに『当たり前じゃない』の?」

 本当に、ずっと気になっていたというか、薄々感じていたこと。

 エルフの里しか知らないラターシャに問うよりも、ずっと町の中で生きていた彼女らに問うのが一般常識に最も近い気がした。娼館などに囲われていたらともかくとして、ナディアやリコットは外でも働いていたのだから。

 私の言葉に一瞬きょとんとした後で、ナディアが口元に手を当てて難しい顔を見せる。そして少しの沈黙を挟んでから「あなたに何て言えば上手く伝わるか分からないのだけど」と前置きをした。

「まず、生活魔法や他の属性魔法にも、十段階のレベルが付けられていて」

 それは私も知っている。ラターシャが見付けてくれた魔法学の初級編に書いてあった。私が頷くのを見てから、ナディアは説明を続ける。

「生活魔法のレベル1は、九割を超える人が適性を持つそうだけど、レベル3まで行くともうその割合は半数を下回るのよ」

「レベル3って、どんな魔法?」

「以前アキラちゃんが使った『照明魔法』は確かレベル3だよ~」

「えっ、嘘でしょ!?」

 あんなに簡単な魔法がレベル1じゃなくて3で、半数の人が使えないのは衝撃だった。どうやら一瞬だけぴかっと光る程度がレベル2で、一定時間を照らし続けるとなるとレベル3になるとのこと。色々聞いた中で私にも馴染みがあるレベル1は、収納空間だけ。他のレベル1の生活魔法は、使えたからって特に便利には聞こえないものばかりだ。本当に心から便利だなって感じるような『乾燥』の魔法は、レベル10になるらしい。私の魔力を考えれば全て最大レベルの魔法が使えるのは分かるが、使える人の割合の少なさは想定外だった。

 そして、わざわざナディアが『生活魔法』だけを切り出して話す時点で、もう嫌な予感がする。私が気付いたことに、ナディアももう気付いている。肯定するみたいに小さく頷いた。

「属性魔法は、薪に点火する程度がレベル1で、あなたが片手で払っていたようなあの火の攻撃でレベル3。レベル1を扱える時点で、三割も居ないはずなの」

 つまりあの男達は魔法の能力だけを取ってもこの世界ではかなり上位の能力者だったんだ。雑魚とか言ってごめん。そりゃ片手でぺいってされたら絶望顔するよね。納得です。

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