第41話_ローランベル西平原

 遅ればせながらナディアとリコットにも敬語を取り払って気安くしてくれるようにお願いした。するとリコットはルーイ達同様に「アキラちゃん」と呼ぶようになった一方で、ナディアが容赦なく「アキラ」と呼んだ。良いんだけど、ナディアって私に当たり強くない? 良いんだけどね、ただ、まだ一度もまともに笑顔を向けてくれていないのが気になる。

「みんな、馬車の揺れは平気そう?」

 何度か休憩の為に停めていたけれど、特に誰も不調を訴えてはいない。昼休憩で改めて問えば、大丈夫だってみんな答えてくれた。三姉妹はどうやら組織に居た時も移動は馬車だったらしく、慣れてもいるみたいだ。

「その時は荷馬車に押し込められる感じだったから、こんなに快適だったら全然平気だよね」

 リコットの言葉に、ルーイとナディアも神妙に頷いている。そっかぁ。あいつらもう一回殺したい気にもなったけど、もう死んでるから良いかぁ。ちなみにラターシャは「飛んでるよりは……」と言った。えっ、それはちょっと聞き捨てならない。

「ラタ、そんなに飛ぶの嫌だった?」

「ううん、楽しいけど、何だろう、怖い気持ちがゼロにはならないから、降りた頃にドッと来る感じかな」

 そうだったのか。確かに飛ぶ時はいつも強めに腕にしがみ付いていたっけ。つまりあまり長い飛行はラターシャでも辛いんだな。今後は気を付けよう。反省している私の傍らで、「飛ぶって何?」と三姉妹に聞かれたラターシャが、空中散歩の話をしていた。三姉妹はそれぞれ『興味はあるけど不安』って顔をして、すぐに連れてって欲しいとは言わない。えー。いつでもご案内しますよ?

「そうだ、アキラちゃん、ごめん、お手洗い」

「ああ、忘れてた。はーい、行ってらっしゃい」

 不意に立ち上がり、少し恥ずかしそうに言ったラターシャの言葉に応じて私は左手を軽く上げて、収納空間から仮設トイレを出す。ラターシャは私にお礼を言いながらそれに向かって行った。

「……え!?」

 一拍遅れて大きなリアクションをしたリコットに、ラターシャはちょっと苦笑いで振り返りつつも、そのまま何も言わず仮設トイレの中に入る。なるほど、そっか。言ってなかったね!

 城下町でゲットしましたこの仮設トイレ、本来は汲み取り式の、俗に言う『ぼっとん便所』なんだけど、私が改造して『バイオトイレ』にした。排泄物の先はおがくずになっていて、それが排泄物に含まれる腸内細菌を助けて勝手に分解処理をしてくれる仕組みだ。つまり水洗のような水も必要なく、後始末も不要。加えて元の世界のものよりもずっと有能で、魔法の力で分解処理を遥かに高めている。レバーを引いたら底でおがくずを掻き混ぜ、同時に消臭と分解強化の術が発動。あっという間に排泄物も臭いもすっかり消えてしまうってわけ。最高でしょ。元の世界に売りたいわ。

 ということを、朗々と三姉妹に説明したところで、ラターシャがトイレから出てきた。

「アキラちゃんのこういうところ、突飛すぎて逆に三日くらいで慣れるよ」

「ラタ、フォローありが……フォローかな?」

 悪口じゃなかったか? 可笑しそうに笑っているラターシャが可愛いから、まあいいか。

 後で三姉妹もそれぞれトイレを使用していたが、三人共「楽しかった」と言って戻ってきたのは流石に笑った。楽しんでもらえて良かったよ。ちなみにこれは魔力充填式だけど、この人数でも一週間くらいは保ちそうだな。私の術だからな。

 しかし今日は楽しいなぁ。馬車や仮設トイレへの、このリアクション。そういや二連のかまども三姉妹がびっくりしてくれたし。そしてまだもう一つ、隠している最新兵器があるんだよな、これが。

 そのお披露目は日が暮れる頃、野営時だ。

「じゃーん! どうだー!」

「わぁ。大きくなってる」

 ラターシャが苦笑いで見つめている横で、三姉妹は言葉を失っていた。最高。っていうかラターシャ、本当にもう慣れちゃってるじゃん。早いよ。もうちょっとびっくりした感じのリアクション頂戴よ。

 とにかく私がみんなに見せたのは、以前ラターシャと一緒に使ったものより一回り大きな、新しいテント。ベッドが三つ入る。つまり前に作ったものと合わせて、五人がベッドで眠れます。

「アキラちゃんとの旅、快適すぎるよね……」

「あはは、そう思ってくれるなら最高だねー」

 元々は自分の快適を突き詰めたものを、みんなも使えるようにしてるだけだから、感謝されるのはちょっと違うけどね。でもみんなにとって辛くない旅であればそれが一番だ。

 大好きな白米を炊く横で、野菜がごろごろ入ったスープを作って、ソーセージを沢山焼いた。パンも焼いた方が良いかなーと思って尋ねたけど、みんなも白米で良いらしい。

「アキラちゃんのごはん、すごく美味しい」

「そう? 良かった」

 嬉しそうにごはんを頬張りながらルーイが言うから、ご機嫌になってしまう。私は私の味付けが大好きなので、すぐに自分で好きに作ってしまうのだけど、その味付けをみんなも愛してくれたら幸せだな。

「あまり何でもされてしまうと心苦しいわ。後片付けくらいはさせて」

 綺麗に食べてくれた後で、ナディアがそう言った。うーん、そういうこともあるか。私はお言葉に甘えることにして、食器を洗う為の水だけ桶に出したら、後のことはお願いしておいた。

「じゃ、私はお風呂に入ろうかな。久々にあの木風呂が使える――」

「待って待ってアキラちゃん此処で脱がないで!」

「え?」

 ラターシャが凄い勢いで止めてきた。上はもう脱ぎましたが? 彼女の後方で、三姉妹が目を丸めている。急にそんな大きな声を出すからみんながびっくりしてるよ、ラターシャ。

「何で? 女の子しか居ないよ?」

「今はね!? でも此処、森の中じゃなくて平原のど真ん中だから!」

「大丈夫だって。日が暮れてから移動してくるような人間、そうそう居ない――」

「分からないでしょ! 脱がないでってば!」

「えー」

 ズボンに手を掛けたらめちゃくちゃ全力で腕を掴まれて阻まれた。私は別に恥ずかしくないんだけどなぁ。しかしいつになく強く睨んでいるラターシャは引き下がりそうではない。しょうがない。恥ずかしがり屋のラターシャに免じて、衝立を立てよう。木風呂と洗い場用の簀子すのこを囲むように衝立を設置して隠したところで、ようやくラターシャは許してくれた。

「……ラターシャ、お疲れ様」

 衝立の向こうでナディアが物凄く同情を含んだ声でラターシャを労っている。私が何か酷いことしたみたいじゃん。

 ちなみに誰か一緒に入るかって聞いたけど全員に「一緒には入らない」って言われた。え、木風呂を大きく作った意味は。嘘でしょう。仕方ないので一人ずつ堪能してもらった。使用満足度は高かったんだけど、一緒に入ってくれないなんて……。

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