第40話

 さて改めてみんなが旅の仲間となったところで、流石にこちらの事情も話しておくべきだろう。共に過ごす中、隠し続けることは難し過ぎる。私はラターシャを見つめて、帽子を突いた。

「こっちの事情も話そう。大丈夫だからさ」

「……うん」

 ラターシャは私が求めていることをすぐに理解したらしく、帽子を取り払うと、剥き出しになった尖り耳をいつもみたいに軽く弄った。ちなみに耳を触るのは、痛いわけじゃなくてただの癖みたいなので、今は心置きなく可愛いなぁと眺めることが出来ている。

「わ、エルフ?」

 すぐにリコットが驚きの声を上げる。やっぱり珍しいんだなぁ。帽子を被らせる措置は正しかったかもしれない。エルフってだけで、街中でかなり注目されて話題になった可能性はあるだろう。

「この子はハーフエルフだよ。ママが純血で、パパのことはよく分からないみたい。だけど褐色の肌のせいで仲間からあること無いこと言われて、里を追われたんだ。行き倒れてるところを私が拾ったの」

 ちょっと雑だったかもしれないが、ラターシャからは特に訂正や補足は無かった。

「エルフは血に厳しいらしいですからね……」

 今の説明だけでも何となくラターシャが置かれていた状況を察したのか、ナディアは眉を顰めてそう呟く。

「ナディアみたいな獣人の中にはそういうの無いの?」

「一応ありますよ。ただ、血統が良い者の方がごく少数なので、彼らが雑種を見下して偉ぶりはしますが、雑種の立場が追われるほどではないんです」

 聞けば、雑種が九割を大きく超えるらしい。数でそれだけ雑種が勝れば確かに何も出来ないだろう。その状態でもまだ純血が偉ぶれる精神にむしろ感心する。

「リコットとルーイは普通の人族かな?」

 私の問いに二人が頷く。それにしても三人共、綺麗な顔してるよね。娼館から買う時、特に綺麗な子を選んできたのだろうか。綺麗に生まれたから酷い目に遭うなんて、災難にも程がある。これから全員私が全力で甘やかそう。

「さて、じゃあ私の事情ね。私はこの世界の人間じゃなくて、この国のお偉いさん方がデッカイ魔法陣を使って召喚した、異世界の人間なんだよね」

「――救世主様!?」

 三姉妹が声を揃えた。リコットは食べようとしていたポテトをフォークから落としていた。幸いお皿がキャッチしてくれていたけれど、ごめんね、私が言うタイミングを間違えたね。

「本当に有名なんだね、その話」

 ラターシャを見て苦笑いを一つ。エルフの里だけで有名だったという線も消していなかったんだけど、今この瞬間、綺麗に消え去ってしまったよ。

 とりあえず、「勝手に人生を奪って召喚しておいて問答無用で世界を救えって命令されても知ったこっちゃない」という不満を淡々と語った後で、怒りを外に出して怯えさせないようにと笑みを浮かべる。

「そんなこんなで世界周遊、って名目で女探しして遊んでます。私の女が世界にいっぱい居たら流石に守る気にはなるよ?」

 後半を聞いたところでラターシャまで苦笑いをした。まあ、苦くても笑ってくれるなら良いですよ。

 さておき、早めに街は移動した方が良いだろう。この街に居る限り、別の街から組織の組員が来る可能性は残る。というか、ボス猿さんと長期間にわたって連絡が取れなければ確実に来る。私が傍に居る時ならともかくとして、離れている間に三姉妹に何かあってはいけない。その考えを伝えると、三姉妹も了承してくれた。まだこの街の本屋も回り切れていないけど、本屋は別の街にもあるものだ。拘るべきところではない。

 一番の問題はナディアとリコットの職場だけど、二人は明日一日あれば、ちゃんと話して辞めてくると言った。今までは夜逃げのように街を出て辞めさせられることばかりだったようで、そんな経験もあって元々話を付けているのかもしれない。

「じゃあ、明後日の早朝に街を出よう」

 ただ、それまでこの屋敷に滞在するのもやっぱり危ないので、今夜から明後日までは私達と同じ宿に三姉妹も部屋を取ることにした。食事と片付けを終えると、荷物をまとめさせて、全員で私達の宿に移動する。

 そして二日後、街の西門からの出発。五人での移動か。大所帯になりましたね。賑やかで既に楽しいかも。

「ところでアキラちゃん、飛ぶつもりじゃないよね……」

「飛ぶ?」

 恐る恐るラターシャが呟く言葉に、リコットが不思議そうに復唱する。よくぞ聞いてくれました。

「ふふふ。心配ないよ、ちゃーんと考えてるって! おじーちゃん!」

「えっ」

 街を出て、外壁を沿うように歩き進めること五分と少し。武器屋のおじいさんが私を待っていた。近くには幾つか小屋が並んでいて、おじいさんは同じくらいの年齢の男性と並んで立っている。

「慌ただしいお嬢さんだ。全く、退屈せんよ」

「ふふ。いっぱい甘えちゃってごめんね」

「え、これ……馬車?」

 そうです。馬車です。用意して頂きました。いや、口を利いてもらったと言うべきか。

 何処で馬や馬車が買えるか全然分からなかったけど、おじいさんに相談したら、お知り合いから買わせてもらえることになったのだ。利口で元気な馬が二頭。それからほろ馬車が一台。内装はちょっとお金を使って、みんながゆったり座れる柔らかな座席を付けてもらった。私の収納空間があれば荷物を積む場所は要らないからね。

 流石に五人で空を飛ぶのは目立ち過ぎるし、かといってルーイに歩き移動なんて酷でしょう。

「危ないことに首を突っ込み過ぎるなよ、お嬢さん。何かあればいつでも頼ってこい」

「ありがとう、この街では本当に助けてもらったよ。また来るね」

 おじいさんに大きく手を振って、みんなを馬車に乗せる。馭者ぎょしゃは勿論、この私です。元の世界で一回、フランス旅行中にやらせてもらったことしかないけど、ね!

「じゃあ出発するよ、ちゃんと座ってる? Aller!」

 ちょっと馬がモジモジした後で動き始める。ふふ。この掛け声に慣れてないね。そりゃそうだ、私の世界の言葉だよ。これから慣れてね。

「あ、アキラちゃんって何でも出来るんだね……」

「いや~流石に馭者まではちょっとねー。失敗したらごめんね。怪我させないようには守るけど、多少ビックリするのは許して~」

「豪快な人だなぁ」

 リコットの呆れたみたいな感心したみたいな声に、私は振り返らずただ笑う。さて、五人で賑やかな馬車の旅の始まりです。今度は西、レッドオラムって大きな街を目指すつもり。前みたいに空をひとっ飛びじゃない上、かなり距離があるから、幾つか小さな村や町も経由するけどね。

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