第39話

「おかえり、ナディア。怖いことは特に無かった?」

「……はい」

 帰宅した彼女を出迎えると、最初に出てきたのが私なのが意外だったのか、少し戸惑いながら頷いていた。直後、軽い足音がパタパタと響いて、食堂からルーイが飛び出してくる。

「ナディアお姉ちゃん! おかえりなさい!」

「ただいま。あら、これどうしたの?」

 ルーイが着けている髪飾りにすぐに気付き、ナディアは髪を撫でながら問い掛ける。二人を置いて私は厨房へと戻った。私に買ってもらったものだと嬉しそうに話すルーイに、ナディアは柔らかく答えている。お姉ちゃんだなぁ。もうリコットも帰ってきて食堂に居るから、今頃、全員の顔が見られてホッとしているだろう。まあ私も少なからず、二人が外から無事に帰ってきて安心した。

「じゃあ晩ご飯にしますか~。ごめんラタ、ルーイも、運ぶの手伝ってくれる?」

 二人に声を掛けたはずなのに合わせてナディアとリコットも立ち上がるものだから笑ってしまう。二人は仕事した後でしょ、ゆっくりしててね。宥めて座らせて、三人で食事を運んだ。朝食よりも遥かに豪勢な夕食を並べ、また沢山食べてもらった。私は白米が食べたいけど、好みもあるだろうからパンも二種類置いてある。今日はビーフシチューだよ。厳密にはビーフじゃないんだけど、似てる肉を使った。

「食べながらで良いんだけどさ」

 お腹が空いていたので少し食べて空腹感が落ち着いてから、徐に話し始める。視線を私に向けたナディアの表情は、微かに強張った。

「まずね、私は君らを勝手にあいつらから奪ったわけだけど、所有権を主張するつもりは無いんだ。君らは君ら自身のもので、私の求めに応じる必要はありません」

 のっけから凄い困惑の顔をされていて、隣のラターシャからは呆れた目を向けられている。「言い方……」って思われてるんだろうけど、私は正直なので聞こえが良くなる言い回しが出来たとしても、思ってもいないことは言えないよ。これくらいが限度。

「だから君らが望む形で今後を過ごさせたいと思ってる。帰りたい場所があるなら送っていくけど、帰るところある?」

 その問いに、三人は静まり返った。視線を私へと上げることもなくて、無いんだってすぐに分かる。無いですと答えさせるのも不憫だったので、彼女らの返答は待たなかった。

「無いなら、三人で何処かに住むとか。此処の奴らから奪った金品もあるからね、当面のお金は心配ないよ」

 彼女らが身体を張って稼いできたお金なんだから、むしろ私が横取りしたようなものなんだよね。正直、一時預かりの気持ちでいる。だってこれ全部渡しても困るでしょ。逆に狙われそうだもん。

「もしくは、私に付いて来る。私は今、のんびりと世界周遊中なの。連れが増えてもいいよ。何が起こっても守ってあげられるから」

 旅の中で定住したい所を見付けたらそこでお別れするという選択肢もあるし、私の気儘に延々と付き合い続けても構わない。そこまで説明して言葉を止めると、短い沈黙の後で、ナディアがやはり困惑の表情を私に向けた。

「あなたが、何をしたいのか、分からないんですが」

「だから、ナディアと寝たい」

「え」

 戸惑いの声を上げたのは三姉妹じゃなくて、ラターシャだった。反射的に隣を見れば、大きく目を丸めて、彼女は私を凝視している。

「……口説いてたの本気だったの?」

「勿論」

 嘘や冗談で女性を口説くなんてあり得ない。本当に抱きたい人しか私は抱きたいなんて言いません。

「ナディアが私を嫌だとか、他に好い人が居るって言われたら仕方が無いけどさ。私としては一度と言わずリピートもお願いしたいし、そしたら元気で平和に生きてて貰わないと困るし、生活保障するのが最適解じゃない?」

「発想がすごいよ……」

 眉を下げて苦笑をしているラターシャの反応は、私という人間に慣れてしまっているからこそだ。昨日の今日で、三姉妹には難しいだろうけれど――と思って顔色を窺うと、リコットもちょっと口元が笑っていた。あ、この子多分、順応早いタイプだな。ルーイは今日ずっと一緒に居たことで私への警戒心は解けているようだけれど、話の行方については不安そうにナディアや私の顔を窺っている。

「なら、二人のことは」

「最初は、君が二人に拘るだろうと思ったから。彼女らが一緒に居ないと君の『平和』じゃないでしょ? 今は……」

 この子らにも、平和に暮らしていてほしい。

 と思ったけど、何か、それは私が言うものではない気がした。ちょっと考えるだけの間を置いたら、隣でラターシャが小さな溜息を零す。え、何ですか。まだ悪いことは言ってないよ。まだ。

「とりあえず、子供は守る主義なんだ。それからリコットは、……あー、幾つ?」

「あ、えっと、十九です」

 セーフ。って危うく声に出そうになったのをぐっと飲み込んで、彼女へとにっこり微笑む。

「君のことも美味しそうだなぁと思ってるよ。あわよくばね、考えておいてよ」

「え、はぁ……」

 リコットが曖昧な相槌を打つ傍ら、改めてラターシャが深い溜息を吐いた。

 いや、でも本当に。リコットは顔立ちからちょっと気が強そうで、多分ナディアに似て本当に気も強いんだろうと思うけど、笑うと可愛いんだよね。許してくれるなら抱きたいよ。あと精神がしなやかな感じがする。勝手なイメージだけど本当に三姉妹の真ん中の子って印象だ。まだ難しい顔を貫いているナディアは、長女だねぇ。

「リコット、ルーイ。あなた達は、どうしたい?」

 ナディアが二人を見つめて、柔らかな声で問い掛ける。その声さぁ。私にも一回で良いから向けて?

「私はナディ姉と一緒なら、何でもいいよ」

「わ、私も、お姉ちゃん達と一緒がいい」

 リコットの答えに応じるみたいに、ルーイも少し慌て気味に続ける。ナディアに答えが委ねられて、重たくはないだろうかと、彼女を見つめた。一度唇を噛み締めた後で、ナディアはゆっくりと視線を上げる。

「……あなたと一緒に、行かせて下さい」

 三人の身の安全を考えればそれが最善なのは明らかで、だから、私は悪党なんだよね。

「良いよ。これから私が、何からでも守ってあげる。もう何の心配も要らない」

 こうして旅のお供が、四名に増えました。悪党の被害者と言い換えてもいいのかもしれないな。

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