第38話

 ナディアとリコットを見送った後は、ルーイにも少し手伝ってもらいながら後片付けをして、夕食の下拵えをしてから、街へと出る。

 三姉妹がこの街に来たのも、ほんの二か月前だそうだ。組織自体の発足がまだ一年ほどで、その間にも街を転々としていたようだから、その程度なのは当然かもしれない。ただ、食糧の買い出しや、組員から言い付けられたお使いに一人で街を歩き回ることは常だったらしく、ともすればルーイが一番、三姉妹の中では街に詳しいみたい。

「此処から真っ直ぐ上がっていくとローランベルの町長さんのお宅になっていて、その両脇に警備隊の詰所があるんだって」

「へぇー」

 最初は丁寧に敬語を使って話してくれていたけど、要らないよと言い含めて取ってもらった。時々まだ失敗しているが、やっぱり普通に砕けて話してもらった方が私は気が楽だ。

「北から西には貴族様やお金持ちの人が多いから、あんまり私達は立ち入らないかな」

 そう言えば宿の店主から教えてもらった店のほとんどが街の中央と、南や東に位置している。北や西は暗黙の了解で貴族街となっているようだ。

「アキラちゃんが最初に寄った帽子屋……」

「ああ、そういえば、北だったね」

 道理でかなり質の良いものを揃えていると思った。貴族向けだったか。ラターシャは項垂れている。「何でもいい」と訴えた彼女からすれば、東や南の店を選べばもっと安く揃ったと思っているのだろうけれど、いやいや。私としては北門から街に入ってあの店に出会えて運が良かったと思っているよ。ラターシャの頭に安物の帽子なんか乗せたらダメだよ、何言ってるの。

「もう少し行くと、リコお姉ちゃんの働いてる食堂だよ」

 市場を抜けながら色々話を聞いていると、ルーイはそう言って柔らかな笑みを見せた。三姉妹は本当に仲が良くって可愛い。

「じゃあちょっと顔だけ見ていくか~」

「お仕事の邪魔はしないようにしてよ、アキラちゃん」

「ふふ。はぁい」

 ラターシャに注意されてしまったので、本当にちらりと中の様子を覗いて、リコットが元気に働いている姿を三人でこっそり見学しただけで退散した。だけどちょっとルーイは楽しそうだったし、嬉しそうだった。

 その後は約束通り、昼の少し前にナディアが働くカフェへと入る。ナディアは私達が来ると、少しだけホッとした顔をしていた。いつも通りにテラス席をお願いすれば、今日はナディアが給仕に付いてくれる。知り合いだとか言ったのかもしれない。

「私はCランチにしようかな。ラタとルーイは?」

「ミックスサンドのセットにする。ルーイ、もし良かったら一緒に食べる? 一人前を食べちゃったら、パフェが食べ切れないかもしれないし」

「いいの? ありがとう!」

 なるほど良いアイデアだ。じゃあそうしましょう。スペシャルパフェは少し後に持ってきて貰うことにして、まとめて注文した。

「ラタは足りそう?」

「うん、朝ご飯が美味しくて食べ過ぎちゃったから、実はまだあんまり減ってないの」

「あはは。ま、沢山食べたのは良い傾向だよ」

 後で減っちゃったら、その辺りの露店で何か買っても良いだろう。そう思う傍らで、いつもの癖で私は離れて行ったナディアへ視線を向ける。だけど今回は、見ていたのは私だけじゃなかった。ルーイも、何処か楽しそうに、ナディアの働く姿を見つめている。

「そういえば、ルーイは甘いものが好きなのかな?」

「うん、滅多に食べられないけど、時々ね、ナディアお姉ちゃんとか、リコお姉ちゃんが、『頑張ってるご褒美』って少しだけお菓子をくれるの。こっそりなんだけどね」

 給与は全て組織に回していて自由に使えるものではないだろうから、おそらく買ったものではなくて働き先で何かの折に頂いたものを、自分で食べることなくルーイに渡していたんだろう。

「本当は外でもお仕事してるお姉ちゃん達の方が、ずっと大変なのに」

 ルーイは幼くても何も分からない子供ではない。どういう経緯でそのお菓子が自分に渡されているのかもきっと知っている。好きなのは甘いものだけじゃなくて、そうして与えてくれる愛情と優しさか。

「良いお姉ちゃん達だね」

 私の言葉に、ルーイは自分が褒められたみたいに嬉しそうに笑って頷いた。

 そうして私達は運ばれてきた食事を取り、スペシャルパフェを嬉しそうに食べるルーイを眺めながらコーヒーを飲んで、のんびりとカフェを後にする。

 ゆったり歩いてまた街を案内してもらって、その後は夕飯用に市場で買い出しをした。何処で何が買えるか、何処が一番安いかなど、ルーイは本当によく知っていた。

 帰り道、不意に何処かから良い匂いが漂ってくる。ルーイを見下ろせば、幾つか並んでいる露店の一つを見つめていた。何かの獣肉の串焼きが売ってあるらしい。

「あれ美味しいのかな?」

「あ……、えっと、ごめんなさい、人気らしいんだけど、食べたことは」

「なるほど。それは知的好奇心を満たさないとね。ラタ、三本買ってきてー」

「はいはい」

 近くのベンチに並んで座り、ラターシャとルーイの膝にハンカチを置いておく。二人の洋服が汚れてしまったら大変だ。二人にも気を付けて食べてねと言い含める。ルーイは素直に頷いていたけれど、ラターシャは少し苦笑していた。

「おお、これは美味しい。知らない香辛料だな、ハーブも入ってるかな? 良い香り~」

 少しずつ此方の世界の野菜や果物の名前も覚えているけれど、この串焼きにはまだ聞いたことのない名前の植物が使われていた。タグが色々教えてくれはするものの、知らない単語ばかりが並ぶのはちょっと面白い。肉は鳥系だった。ふと見ればルーイとラターシャも夢中になって食べている。

「知的好奇心が満たされたね」

 私の言葉に、ルーイは目をきらきらさせながら「うん」と弾んだ声で応えた。

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