第19話

 図書館のような施設はこの街には無いらしい。でも本屋は幾つかあった。全部教えてもらって、滞在中にのんびり回ろうと思う。武器屋も幾つかあるようだけど、私達が求めている程度の武器なら、宿から一番近い店で安く買えるだろうとのこと。そこは量産型の武器を多く取り揃えているらしい。それは確かに、都合が良い。

「先に武器を見に行こうか、本はキリが無いからさ」

 宿を出たところでそう言ってラターシャを振り返る。今日は茶色の帽子を被っている。前側に小さいつばがあって、丸みのあるハンチング帽だ。こっちの世界でどう呼んでいるかは知らないけれど、要するにラターシャが今日も可愛い。

 武器屋は本当に宿から近かった。大通りを挟んで四軒先。量産型を多く扱っているだけあって、店内も広い。

「お嬢さんら、何かお求めかな」

 店に入ってすぐに、少し小柄なおじいさんが声を掛けてくる。帽子屋の店主ほど愛想は良くないが、別に高圧的でも意地悪そうでもなかった。

「練習用の弓がほしいんだ。あんまり長くないやつ」

「ふむ、弓ならそっちに置いてあるのが全部だよ」

「ありがとう、適当に見るねー」

 示された方に向かうと、弓ばかりがずらりと並ぶ。多分、武器の種類によっては店の奥に入れてあるようなものもあるから、声を掛けてくれたんだろう。女二人で入ったらもっと冷たくあしらわれるかと思ったけど、フラットに対応してくれて良かった。

「長さは、この辺りかな。重さは……これは少し重いか、うーんと」

 流石に丸投げして「さあラタどれがいい?」って言ったら困るだろうから、ラターシャの弓と比べて形状と重さが近いものを探す。そうして四つに絞ってから、ラターシャに持たせて好きなものを選んでもらった。ついでに胸当て、腕当て、グローブも近くにあったので一緒に買ってしまおう。

「よし、今日の最初の任務完了~、……ん?」

「どうしたの?」

 早速お会計をしようと思ったんだけど、店の奥にあるカウンターを振り返った時、私の意識は別の場所に取られた。タグが伸びてきたわけじゃない。ただ、視界に入った『杖』の区画が気になったのだ。

「杖かぁ……私に必要かどうかは微妙なところだけどなー」

 ラターシャに目配せしてから、杖の方へと歩み寄る。別にこんなもの無くても今まで全く困らずに魔法を使っているんだよね。そもそも何の為に使うんだろう、杖って。そう思いながら杖を見つめると、一つずつ、タグが丁寧にその情報を出してくれた。火属性強化とか、攻撃力上昇とか。

「あー、なるほど、単純な武器と違って、何かしらスキルが付くのか。あ、これ凄いよ、毒反射だって」

 面白いのはいくつかあったけれど、絶対欲しいと思えるほどのスキルは今見ている範囲では無さそうだ。何か明確に欲しいスキルがあればタグもこれだよって教えてくれるかもしれないが、特に思い付かないなぁ。

「攻撃力強化とか絶対に止めてね……」

「ふふ」

 恐々と囁いてくるラターシャに思わず笑う。そうだね。私がそんなことしちゃったらうっかり色々吹き飛ぶだろうからね。

「ま、今すぐ欲しいスキルは無いから、いいや。弓だけ買っていこう」

 そう言ってラターシャを連れ、カウンターに座るさっきのおじいさんに、弓や道具を購入したいと伝えると、軽く頷きながら何故かじっと私を見上げていた。

「お嬢さん、武器の鑑定ができるのか?」

「あー、うん。まあ」

 狭くない店内だけど、他の客が居なかったせいで私達の会話が聞こえていたらしい。勿論、売り物の杖のスキルはちゃんと記載されているけれど、私が一切その表記を見ずに話していたのも見つかっていたようだ。

「一つ、スキルを見てほしい武器があるんだ。頼めないか? 勿論、礼はする。そうだな、大銀貨五枚でどうだろう。今持ってる商品も全部、ただで持って行ってもらって構わない」

 そりゃめちゃくちゃ割りのいい仕事だな。私は勝手に生えてくるタグ読んでるだけだぞ。面食らって一瞬黙ると「足りないなら」と言い出してしまうのでちょっと慌てた。

「いやいや、見るのは全然構わないんだけど。そんなに支払ってくれても、私が本当の鑑定をしたのかどうかなんて、分からないんじゃ」

「あ、アキラちゃん」

「え?」

 突然、ラターシャが遮るように慌てて背中の服を引っ張った。続きを飲み込んで振り返ると、店主のおじいさんを気にしながら、ラターシャが小さな声で囁く。近い位置に立っているので彼から聞こえないようには出来ないけれど、気持ちの問題だろう。

「鑑定は、一番低いレベルでもスキルさえあれば、告げられた鑑定結果が『正しいかどうか』だけは分かるの。鑑定自体は、鑑定対象のレベルを超えないと出来ないんだけど」

 ああ、そういう仕組みなんだ。

 で、武器屋を営んでいる店主なら買い取ることもあるだろうから、鑑定の最低レベルくらいは持っているはず、と。

 つまりこのおじいさんは、彼が鑑定できないくらい『高いレベルの武器』を私に見てほしいって言っていて、提示した報酬は、『見ることが出来たら』払う、成功報酬なんだ。ようやく納得した。

「鑑定が出来るのに、そんなことも知らんかったのか」

「アキラちゃんは、つい最近、鑑定が出来るようになったので」

「あはは、そうそう。田舎出身の世間知らずなんだわー、ラタも、教えてくれてありがと」

 適当に誤魔化して笑うと、「ふむ」と肩を竦めるだけでおじいさんは追及してこなかった。ラターシャが居て助かりました、ありがとう。

 そしておじいさんが見てほしいという武器は、この街のどの武器屋にも鑑定が出来なかったものであるらしい。これだけ大きな街で、いくつもの武器屋があると聞いているのにその結果だということは、武器のレベルはかなり高いのだろう。だからさっきの報酬の高さってわけだ。

 改めて了承を示すと、おじいさんは一度奥へ入ってから、その武器を取ってきた。

 上等な木箱に入れられている。箱の大きさから言って、片手剣か、杖だな多分。そう思った通り、おじいさんが丁寧に開いたその中には、白を基調にした上品なデザインの杖――この場合ロッドと呼んだ方が相応しい気がするようなお洒落な形の武器が入っていた。

「こ、れは……」

 私は生えてきたタグを見て、思わず口元に笑みを浮かべる。喜びよりも、苦笑に近かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る