第18話

「アキラちゃんまで寝てるからびっくりしたよ。身体は平気?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

 私はベッドに寝そべった後から記憶が無く、ぐっすりと眠っていたらしい。すっかり日が暮れてしまってからラターシャが先に目を覚まし、私を起こしてくれた。そしてさっきからずっと私の体調を心配してくれている。優しい。

 そうして私達は遅い夕飯を取るべく、宿屋の食堂に下りてきた。お昼も遅かったから逆に良かったのかもしれない。これは断じて言い訳ではない。

「ラタは、この街でどっか行きたいところはある?」

「え、私? うーん、何があるのか分からないから、思い付かないなぁ」

 そりゃそうだね。今日も目に映る全てのものを物珍しそうに見ていた彼女だから、むしろ今は何処も彼処も気になるような状態に近いかもしれない。

「じゃあ明日は、私が行きたいところに付き合ってもらおうかな。道中、ラタに気になるものがあったら、寄ってもいいし」

「うん。アキラちゃんは何処に行きたいの?」

 一番は女の子が沢山居そうな場所なんだけど、それはラターシャを連れて行くところじゃないので置いておこう。

「本屋とか図書館だね、あれば良いんだけど……あ、そうだ、武器屋も」

「武器?」

「弓だよ。ラタが今持ってる弓は練習に向かないから」

 彼女の武器は今、私の収納空間に入れてある。ラターシャの収納空間は腕で抱えられる箱程度の大きさしかないらしく、衣服は入れてあるものの弓が入らない。でも私の勘ではラターシャの弓はかなり貴重で高価なものだ。タグは、値段を示さなかった。非売品ということか、値の付けられないものか。何にせよ、無防備に晒しておくには怖い。ということで一旦預かって空間内に隠している。

 お母さんの形見だという大切な弓を素直に預けてくれるところがラターシャの怖い純粋さでもあるけれど、まあ今は信じてもらえて幸いだ。

 さておき。この弓は、魔法効果を出さずに使うという選択肢が無い。これで矢を射れば必ずあの威力が出てしまうので、練習用にするには恐ろしい。最初は矢無しで型を練習するけれど、何があるか分からないのでやっぱり魔法付与がされていない安物の弓で練習した方が良いだろうと思っていた。

 私の説明に、彼女は納得した顔を見せつつも、申し訳ない様子も見せた。どうやら、あれやこれやと私にお金を使わせたり、手間を掛けさせたりするのが心苦しいようだ。

「ラターシャ」

 俯きかけていた彼女に声を掛ければ、ラターシャが顔を上げる。眉がまたちょっと下がっている。そういう顔も可愛いけれど、毎度、そんな顔をされたいわけじゃない。

「本当はね、子供って、大人から守られて、大人から沢山のものを与えられるんだよ」

 こんなことをわざわざ言葉にして教えてあげなければならないほど、それが彼女にとって『遠い』んだってことが、どうしたって腹立たしい。この子はこの世界に、生まれてきただけだったのに。

「今まではそうじゃなかったかもしれないし、ラターシャにはそれが当たり前に思えなくて、居心地が悪いかもしれない。だけど私は、そうあるべきだと思う」

 大体、私が与えているのは彼女にとって必要なものばかりで、無駄な贅沢なんかじゃない。帽子については私の趣味でもあるので別にするとしても。

「申し訳ないんじゃなくて、嬉しいって思ってほしい。どうしても返したいなら、『借り』としてじゃなくて、『恩返し』が良いよ。いつか大人になった時にね」

 ラターシャが何かを言おうと唇を震わせたところで、頼んだ食事が来た。彼女は一度飲み込んで、並んでいく食事をただ見つめている。

「あ、そうだご主人」

「うん?」

 食事を運んでくれていたのが宿屋のご主人だったので、私は全く別の話題を思い出してしまった。ごめんラターシャ。ちゃんと後で続き話すからね。

「今日はカフェを教えてくれてありがとう。すごく素敵な店で気に入ったよ」

「そうかい、そりゃ良かった」

「ってことで、ご主人のおすすめに全幅の信頼が出来ちゃったからさ、次は美味しくお酒が飲めるお店、教えてほしいなー」

 この食堂でもお酒は飲めるけれど、麦酒だけであまり種類が無い。好きだけどね。それに、ラターシャとの食事中に一人でお酒を傾ける気にもならなかった。すると私の言葉に、ご主人はやけに驚いた顔を見せる。

「二人で行くのかい?」

「ううん、私だけ。この子はまだ子供なんだ」

「ああ、そりゃ失礼。すっかりレディに見えていたよ、大人っぽい子だね」

 ラターシャって私からだけじゃなくて、こっちの世界の人から見ても大人っぽいのか。最初の勘違いは私が日本人だからという理由だけじゃなかったようだ。ラターシャはご主人の言葉に照れた様子で小さく会釈していた。

 そんな彼女の仕草を微笑ましく見つめた後で、ご主人は「一人かぁ」と唸るように呟く。

「最近、少し物騒な人を街で見掛けるようになってね。女性の夜歩きはあまり勧められないんだ」

 本当の話だってタグが伸びている。わざわざ「最近」と付けたということは、今までは見掛けなかった「不審」な「余所者」が闊歩しているということか。それは確かに、街の人からすれば怖いだろうなぁ。

「どうしてもと言うなら、えーと……街の中心にあるこの辺りの店なら、大通りに面しているし、店内も明るいからまだ安全だよ」

 ご主人はポケットから取り出した街の地図を指差して、店の場所を教えてくれる。カフェの時もそうだった。旅人に道を教える為に、いつも持ち歩いているらしい。

 そして注意を促しつつも私の要望に応えてくれるのは、私が何の情報も無く一人でお店を開拓したら逆に危ないと思うからなんだろうな。心優しい対応に感謝しつつ、私は頷いた。

「分かった、ありがとう。行くならその辺りにしておくよ」

「ああ、気を付けてね」

 ご主人がテーブルの傍を離れたところで、ラターシャに向き直る。話を戻そうとしていたことを、私は一瞬、忘れていた。

「例え魔王をどうにかしたって、結局、人間同士の脅威があったら平和でも何でもないよ」

 いつもより少し声が低くなってしまって、気付いたラターシャが目を見張る。おっと。ラターシャを怖がらせてちゃ世話ないね。安心させるように笑みを向けた。

「日中も、人気の無い道は通らないようにしようね」

 私が一緒に居る限り、滅多なことはないけれど。人間ってのは魔物と違って知恵があるから、実力差を掻い潜ってラターシャを傷付けられてしまうかもしれない。そんなことになったら私が相手をその場でミンチにして、大変な騒動になってしまうだろう。ラターシャに傷が付くのも当然嫌だが、面倒もごめんだと思った。

「じゃ、ごはん食べようか。あ、ラターシャ」

「うん?」

「今は私がラターシャの保護者だから。沢山甘えてね」

 思い出した。危ない危ない。忘れるところだった。ラターシャはきらきらの目を少し忙しなく瞬いた後、視線を落として、軽く唇を噛み締めた。泣かないようにしたんだって、じんわりと彼女の目が潤んだことで知った。

「……うん、ありがとう」

 微かに震えた声で告げてくれる言葉が嬉しくて、私も思わず目尻を下げる。

 よし、明日からもいっぱい、ラターシャを甘やかすぞ。

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