第17話
勝手に追加したサラダとスープをラターシャはきちんと完食した。あまりにあっさり平らげたことから、少し足りないのではないかと思ったので、私のランチプレートに乗っていたお肉を二切れ、ラターシャのお皿に無言で置く。
「ちょっと、アキラちゃん」
「いけるいける。ラタはやれば出来る子」
「そ、そうじゃなくて。アキラちゃんが足りないんじゃ」
「あー、すみませーん」
おろおろしているラターシャを一旦置いておいて、可愛い私のラグドールちゃんに向かって手を上げる。目は合ってなかったのに、やっぱり手を上げればすぐに反応し、呼べば躊躇なく来てくれた。お仕事に真面目で可愛いねぇ。
「バゲットとポタージュスープと、ソーセージ三種盛り」
「かしこまりました」
注文だけを追加して、それ以上の声は掛けない。ナンパをしない私に一瞬ほっとした顔を見せた後で、ラターシャがハッと目を瞬く。
「……そんなに食べるの?」
「私の胃袋を舐めてはいけない。ということで、そのお肉はラタの分ね」
その言葉に口を噤んでお肉を見つめたラターシャは、小さく「ありがとう」と言って食べ始めた。私はそれを横目にランチプレートを平らげる。パスタとお肉とサラダとポテトが乗っていたので結構なボリュームだったけれど、先程頼んだ追加の品が来たので私はまだ食べます。
「ラタ、足りてる? ソーセージも食べる?」
「ううん大丈夫、もうお腹いっぱい」
本当らしい。良かった良かった。じゃあ私はさっさと食べてしまおう。しかしこのカフェは当たりだなぁ、どれも味付けが私好みで本当に美味しい。メニューも豊富だし、テラス席は気持ちいいし、店内は落ち着いているし、店員は可愛い。この街に滞在する間は高頻度でお世話になることになりそうだ。
その後、私が食べ終わったタイミングでコーヒーを二つ頼み、のんびりと休憩をしてから、そろそろ宿に戻ろうかとお会計をお願いする。ラグドールちゃんが料金の書かれたボードを持って来てくれた。このカフェはテーブルには一人の給仕が付くシステムなんだな。可愛い彼女を引いて今日は気分が良かった。
「ところで君は何時に終わるの? 今夜空いてる?」
支払いを手渡すと同時に問い掛けると、ラターシャが視界の端で小さく項垂れていた。ラグドールちゃんは両手で丁寧に支払いを受けながら、少し眉を下げる。
「そのようなお話は困ります」
「はは、そりゃ残念。じゃあごちそうさま。また来ます」
私が立ち上がると、ラターシャも少し慌てて立ち上がる。ラグドールちゃんはゆっくりと身を引いて、私達を一階の出入り口まで案内してくれた。
「アキラちゃん! 善処はどうなったの!」
「あはは」
店を数歩離れたところでラターシャに小声で怒られる。目尻がちょっとだけ吊ってて可愛い。善処ね。するよ。明日からちょっとずつね。悪びれない私の様子に、またラターシャは項垂れていた。
「ところで、アキラちゃん、この街にはどれくらい滞在する予定?」
宿の部屋に戻ると、帽子を取って耳を弄りながらラターシャが聞いてくる。耳触るのは癖なのかな。可愛いね。もしくは帽子に慣れなくて気持ち悪いとか、耳が痛いとか? それはちょっとまた後で確認しておくか。ラターシャの可愛いとんがり耳が痛んでもいけない。
「ん~、しばらくは居るよ、ラターシャも身体を慣らさなきゃいけないし、のんびりしよう」
私の旅に『目的』はあるが『目的地』は無い。大きくて人口の多そうな街をゆったりと渡り歩くつもりだ。短い滞在だと、出会うべき私の女の子を見逃してしまうかもしれないからね。そんなことを包み隠さず伝えてみると、ラターシャは何と答えたら良いのか分からない顔をしていた。まあ黙るのが正解だと思うよ、ラターシャは賢いね。
「ところで私は今からちょっと作業をするので、ラターシャはのんびりお昼寝でもしておいて~」
「……アキラちゃんっていつも急だね」
思い付いたら即実行のせいだと思う。にっこり笑うだけで聞き流した。そんな私にラターシャは「まあいいけど」と小さく笑ってから、備え付けのベッドの上にのんびりと腰掛ける。それなりに疲れてはいるだろうし、そっとしておくと本当にお昼寝するかもしれないな。
彼女の気配を背に感じながら、私は備え付けのテーブルに座る。出来るかな。何となく出来そうな気がするんだよな。さあ来い、タグ。お前ならやれるはずだ。
出ないな。
よし、それならちょっと魔力を籠めてからってのはどうだ?
私は何か小さなものを包むような形で両手をテーブルの上に出して、その中央に自分の魔力を集中させる。一か所に、出来るだけ小さな場所にぎゅっと押し込める。
ほらー、タグ、出るじゃーん。いやいや本当もうちょっと早く出ろって。魔力に集中してるからタグを直視できないでしょうが。集中させた魔力が霧散したり暴発したりしないように気を付けながら、ちらちらとタグへと目をやる。ふんふん、なるほどね、まあぎりぎり許せる範囲でしょ。
自分のやるべきことを理解した私は、タグから目を離して、魔力の操作だけに集中する。背後のラターシャが何をしているか考える意識は、タグが出た辺りから消えていた。
「よし、出来たぁ~」
そう呟いて、疲れ果てた身体をテーブルに預けるように倒した頃には、部屋は夕焼けで赤く染まっていた。もうそんな時間ですか。何時間くらいやってたんだ私は。二時間か三時間か? 振り返ると、ベッドの上で何も掛けずにラターシャが丸まって眠っている。あらあら、ごめんね気付かなくて。風邪を引いてしまうね。収納空間から取り出した薄手の毛布をそっと掛けて、無防備に寝息を立てているラターシャの顔に夕日が当たらないようにと、静かにカーテンを引く。
夕飯の時間まではまだ少しある。私も遊んでいる間に魔力がめちゃくちゃ減ってしまった。少し休もう。ラターシャが眠っているのと逆側にあるベッドに寝そべりながら、手に持っていた暗い色の石を、サイドテーブルに雑に転がした。
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