第16話

 宿屋のご主人がお勧めしてくれた中から、私はテラス席が広いというカフェを選んだ。帽子を被ったままで食事をしていても見咎められない可能性が高いと思ったので。まあ、それでもラターシャが居心地を悪そうにするなら一時的に私が魔法で隠すけどね。あと、街の様子も気になるので外に面している方が良かったというのもある。

「お洒落だねー。良い感じだ」

 カフェは二階建てで、二階のバルコニー部分にあるテラス席に案内してもらった。外観を見た時から思っていたけど、そこそこ新しくて綺麗な造りになっている。ラターシャはエルフの里で生まれ育っていることから他の街を見ること自体が初めてで、あちこちを見つめる目が常にきらきらしていて可愛い。

「メニューも沢山あるね。写真付きで分かりやすいや。ラタ、好きなもの好きなだけ食べてね」

「気になってたんだけど、アキラちゃん、お金は大丈夫なの?」

「余裕だよ~」

 この街に来る手前でも少し魔物の素材を取れているし、滞在する間にまた乱獲したら良いでしょう。資金源を伝えると、既に私の魔力の高さを知るラターシャは納得した顔をしつつ、ちょっと心配そうだった。何よ。別に散財していないでしょうが。ラターシャの帽子代以外は。

「ご注文、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

 数分すると店員さんが私達のテーブルの傍に立った。顔を上げて、二度瞬き。

 はい来ました。すんごい可愛い猫系獣人の女性。猫耳の先っぽが少しカール気味で、ふわふわと腰まで伸びる長い髪も猫の耳も全部クリーム色。そんな柔らかな印象を更に際立たせているのが顔立ちで、優しく垂れ下がる目がめちゃくちゃ魅力的だ。睫毛も長いなぁ。

「可愛い~! ねえ彼氏いる?」

 思わず私が零した言葉に正面に座るラターシャがぎょっとしていた。一方、猫系獣人の女性が驚いた様子で目を丸めたのはほんの一瞬で、ほとんど表情を崩すことなく微笑みを私に向ける。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 あはは、最高。

 ふんわりした見た目とは裏腹に、この人、多分めちゃくちゃ気が強い。

 戸惑うでも困るでも、反抗的に振舞うでもなく、動じない。本当にイイ女を発見してしまった。彼女と視線を合わせたまま、嬉しくて目尻を下げる。そんな私の表情の変化も、彼女はただ作り物の笑みを浮かべたままで見つめ返していた。

「ふふ。ごめんごめん、注文ね。私はAランチのセット。ラタは?」

「あ、ええと、……じゃあ、玉子サンドを」

「それにミニサラダとスープも付けて」

「えっ」

 戸惑った声を上げるラターシャを無視して勝手に注文を追加する。注文内容を確認の為に淡々と繰り返した後で、可愛い猫系獣人の店員さんは傍を離れて行った。

「遠慮しないで沢山食べるんだよ、ラタ」

「え、遠慮したわけじゃ……」

「まあまあ、食べ切れなかったら私が食べるからさ。できるだけね」

 これは断じて散財ではない。まだまだ栄養の足りていないラターシャを健康にする為の手段だ。

 なんて、ラターシャの健康を気遣う傍らで私はまだ視線で先程の店員さんを追っていた。クリーム色の尻尾がふわふわと揺れている。ラグドールを彷彿とさせる、可愛い長毛種さん。私、女性が大好きで更に動物も大好きなんだよなぁ。あの見た目、もう堪らん。

「アキラちゃん……」

「んー?」

 いつまでも彼女を見つめている私に、ラターシャは何処か困惑した声を向ける。それでも私の視線はまだ、遠くで他のお客の対応をしている彼女に釘付けだ。ラターシャが小さく唸るような声を零した。

「さ、さっきの、びっくりしたよ、もう」

「ははは。いやぁ、可愛くてついねー。うーん本当に可愛いなぁ、あの人」

 尻尾と耳の動きを見てるだけで飽きない。それと、歩く時にふわっと揺れる柔らかそうな髪も。そういうわけで私はめちゃくちゃ見続けているんだけど、視線は全く合わなかった。絶対さっきの発言のせいだろうな。でも多分、手を上げたら来てくれるんだよ、店員として。こっち側に視線を向けてないわけじゃないから。そういうところも最高だわ。

 しかし目立つ行動を避けたがっているラターシャに、さっきのはちょっと可哀想だったかな。周りのテーブルからも軽く視線を向けられてたもんね。これ以上この席で目立つのも悪いから、私はラグドールちゃん(仮名)から視線を外して、椅子に座り直した。目が合ったラターシャは眉を少し下げていた。

「アキラちゃんは、女の人でも良いの?」

「そうだね、女の人好きだよ。男にはあんまりそういう興味はないかな。格好良い人は格好良いなーと思うけど、触りたくはならない」

「触りたく……」

 公共の場だし、ラターシャはまだ十五歳だし、一応オブラートに包んだんだけど伝わったみたい。ちょっと顔を赤らめて視線を落としていた。年相応の性教育くらいは受けているのかな。とか、あんまりそんなことも探るとセクハラだよねぇ。この辺りで止めておこう。

「この旅は『教育に悪い』って言ったでしょ? 私はこれからも魅力的な女性にはどんどん声を掛けると思う」

 一度視線を落とした時に少し俯いていたラターシャは、そのままの顔の角度でちらりと視線だけを私に向けた。眉を下げ、困った顔で上目遣いされるのは反則級に可愛いよ。思わず笑みを深めた私が彼女からどう見えたのかは分からない。ただ、旅の仲間として私の振る舞いに一抹の不安を感じる気持ちは分からないでもない。特に、今のラターシャには私以外の寄る辺がないのだから。

「大丈夫、ラターシャを巻き込むようなことはしないよ。あ、でもナンパで目立っちゃう程度のことは許してね」

「えぇ……それも控えてよ」

「ふふ」

 一層垂れ下がった眉と、弱り果てた様子で訴える彼女があまりにも可愛くて、今度こそ笑い声が漏れる。

「はいはい。ラタが可愛いから善処するよ」

「なにそれ」

 何処か拗ねたようにむつりとしているのもやっぱり可愛い。だけど笑うほど機嫌を損ねてしまうようなので、軽く肩を竦めるだけで話を流した。幸いなことにちょうど頼んだメニューが運ばれてくる。ラグドールちゃんは顔を上げても私と目を合わせようとはせず、「失礼します」など最低限の言葉だけを告げてすぐに立ち去って行った。私も見つめるだけで、声を掛けるのは止めておく。

「じゃ、食べよっか」

「うん」

 頷くラターシャも、ちょっとほっとした顔をしていた。

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