第15話_ローランベル

「お嬢さん良くお似合いですよ!」

「確かに似合うけど、ん~、白の方が可愛かったような気がするなぁ」

「あの……」

 戸惑っているラターシャのか細い声を、店主のおじさんとの会話に盛り上がっていた私は聞き落としていた。

「おじさん、向こうに掛かってる紺色のも試していい?」

「勿論でございます、すぐにお持ちしますね!」

 笑みを一瞬たりとも崩さないおじさんが、私が求めた「紺色の」を取るべく、忙しなく店内の奥へと歩いて行く。ようやく会話が消えたのを見計らって、ラターシャが私の袖をぐっと引いた。

「ん?」

「だから、私は本当に何でも良いし、っていうか、一つで良いってば」

「あー。アハハ。もうちょっとだけ我慢して~」

 全く彼女の訴えを聞く気が無い私の返答に、ラターシャは困り果てた顔でまた何かを言おうとしていた。けれど、おじさんがにこにこしながら戻ってきた為、口を噤む。労うつもりで背を撫でたけど、今彼女を疲れさせているのはこの私である。

 ローランベルという大きな街に、つい一時間ほど前に到着した私達は、宿を探すよりも先にこの店を探して入店した。帽子屋だ。そしてかれこれもう三十分以上もの時間、ラターシャに色んな帽子を被せて、彼女が最も愛らしくなるものを選んでいた。

「よし、じゃあこの五つにしようかな。おじさん、お会計」

「合計で大銀貨六枚になります」

 一瞬、ラターシャがぎょっとした顔が見えたけど、大丈夫。むしろこれちょっとまけてくれてるよ。定価だと大銀貨六枚と銀貨三枚くらいはする品だ。私は気持ちよく支払って、五つの帽子の内一つをラターシャに渡すと、残りを収納空間に入れた。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております!」

 店先で深々と頭を下げているおじさんに手を振り、渡した帽子を被って複雑そうな顔をしているラターシャに目をやる。

「うん、可愛い。よく似合ってるよ」

 さっき店でも散々言ったけどね。ラターシャの金髪と褐色の肌に、真っ白で丸い帽子は良く似合う。審美眼に絶対の自信がある私は何度も頷いて、機嫌よく歩き続ける。照れ臭そうに「ありがとう」と言うラターシャの方は未だ、状況が飲み込めていないようだけど。

 どうしてこんなことになったのかと言うと。ラターシャが、街に入ることを少し怖がったことに起因する。

 向かっている時は何も言っていなかったものの、いざ人が沢山居るのを見ると急に怖くなってしまったようだ。ラターシャは褐色の肌をしている。これは純血のエルフにはあり得ない色であり、かつ、ハーフエルフとしても例がないと言う。そもそもエルフ自体が街中ではあまり見られない種族ということもあって、彼女は自分の容姿が悪目立ちすること、そして人々に嫌厭されることに、ひどく怯えていた。

 ただ、褐色の肌をした人種自体は多分珍しくない。私は城下町でも数名見ていて、彼らに奇異の目を向ける者など特に居なかった。ラターシャが事実ハーフエルフであることを考えれば、おそらくそのような人種が彼女の父親なのだろう。どうやらエルフの白い肌が遺伝としては強いようだけど、ごく稀に、ラターシャのように外に出てしまう子が居るだけだと私は予想していた。大体、そもそもハーフエルフの個体数は少ないのだろうから、そんな中で彼女の肌を異常と断じるのはあまりに愚かだ。いや、思い出す度に毎回腹を立てても仕方がない。軽く首を振る。

 とにかく、ならばエルフを隠せばいいと私は提案した。帽子で耳を隠していれば、一目で彼女をエルフと思う人は居ないだろう。だが私は帽子を持っていなかったし、作り方も分からないということで、最初に帽子屋を目指した。帽子を購入するまでは私の魔法でラターシャの耳を隠して誤魔化す。細かい魔法はあまり得意じゃないので、二時間くらいしか保たないが、時間内に帽子が決まって良かったなぁ。

 まあラターシャとしては、帽子選びにこんなにも時間を掛けられるつもりは無かったようだけれど。何度も「一つで良い」「もういいから」と言われたが、「うんうん、こっちも被ってみよう」と私が遊んでしまった。いや遊んでない。真剣だ。可愛いラターシャが被る帽子は彼女に見合うだけ愛らしいものでなければならない。適当なもので済ませるなんて大罪になる。

「それにしても『擬態』の魔法なんて、人を騙すのにはほとんど使えないって聞いていたけど……少しも気付かれなかったね」

 良さそうな宿屋は直ぐに見付かって、早速部屋を取って室内に移動する。帽子を取ったラターシャが、尖がった可愛い耳を弄りながらそう言って首を傾けた。

「ま、私より魔力が高い人なんかそうそう居ないからね」

 擬態の魔法――本来の姿を隠し、別の姿に見せかける魔法は、ラターシャの言う通りあまり実用的ではないようだ。魔力の高い者なら容易にその存在を見破り、真の姿を見付けることが出来る。だから『隠す』為にではなく、ちょっとしたファッションのような感覚で使われているらしい。だが見破る基準となる「高い」「低い」は、術者との魔力比較になる。つまり今回は私との比較だ。城が抱えている魔術師と比べても桁が違う私の魔法が、一般人に見破られるわけがなかった。破りたければ魔王でも連れてこい。

「さて。お昼もちょっと過ぎちゃったし、のんびりランチに行こうか」

 晩御飯は宿の食堂でも取れるけれど、夕方以降じゃないとやってない。宿屋のご主人にお勧めのカフェでも聞いて、ご飯を食べに行きましょう。

 私の誘いに頷いて、ラターシャが改めて帽子を被って耳を隠す。はい、何回見ても可愛い。最高に似合ってる。小さく拍手をしている私に、ラターシャは不思議そうに首を傾けていた。

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