第14話_弓
旅の仲間その一。幼気な十五歳の少女ラターシャを連れて、私は翌朝、森を歩いていた。
「ねえラタ、この森って魔物は居ないの? 昨日から気になってたんだよね」
「多分、エルフの結界の影響だと思う。あまり離れちゃうと魔物も出てくるから、ちょっと待って、アキラちゃん」
焦ったように私を呼ぶラターシャの声に応じ、一度足を止めて振り返る。これから一緒に旅をする仲なのだからと、敬語を止めさせ、『様』も取らせた。気安く喋ってくれる方が落ち着く。あと可愛い。追い付いたラターシャは、そわそわと周りを見回して緊張していた。
「魔物が出ても大丈夫だよ、私が傍に居るでしょ」
「で、でも、もうちょっと慎重に歩こう?」
「ふふ。分かった分かった」
ラターシャを怖がらせるのは本意じゃないからな。
それより、ラターシャがこの森に留まっていたのは『離れたくなかった』わけじゃなくて、魔物が出る範囲に行けなくて『離れられなかった』せいなんだと知った。真実が明らかになるほどエルフ共の心象が悪いな。そんな状況で放り出したら助かりようも無いじゃないか。この子が擦れてないのが不思議なくらいだ。
「あ、此処が丁度いいかも」
少し開けた場所に辿り着くと、目の前が小川だった。まだ近くに魔物の気配は無い。
「ラタ、ちょっと弓、貸して」
「え? う、うん、良いけど……」
彼女の持つ弓は私が日本で見たものよりずっと短いが、威力を上げる為に幾つかの素材を組み合わせて作った複合弓のようだ。勝手は違うけど、同じ要領でやってみますか。矢も一本貰って、私は弓を引いた。思っていたよりも軽く引くことが出来たので威力も軽いかと気軽に射たら、私の手を離れた矢は信じられない勢いで飛び、的にした大きな樹に深く刺さった。
「な、何これ威力ありすぎじゃないの?」
よく見えないけど多分、矢軸の半分くらいまで樹に埋まってる気がする。驚いて弓を見下ろすと、急に生えてきたタグ。魔法が付与されてるって書いてある……早く言えよ。そういえばファンタジーの世界だったわ。
「あー、びっくりした。この弓、風属性が付与されてるんだね。これで射ると、矢の速さが増すみたい。結果的に威力も増してる」
弓を返しながらそう言うと、ラターシャが目を白黒させていた。エルフの里ですら弓を使ったことが無かったラターシャは、まだ一度もこれで矢を射てなかったみたいだ。しかし素人が何も考えずに使ったら威力がありすぎて周りとか自分が怪我しそうな武器だ。使わなかったのは正解だと思う。
「そ、そうなんだ……じゃなくて、アキラちゃんって、弓も使えるの?」
「弓なら使える、が正しいよ」
私は日本で長く弓道をやっていた。他の武道は何もかじっていないので、弓以外の武器を扱えと言われたら全く無理だ。ちなみに合気道だけは少し知っている。しかしそれは正式に習ったものではなくて、兄からこっそり教わった。逆に弓道をしていなかった兄には、私が少し教えていた。これもこっそりだ。私達の親はそのようなことを望んでいなかったから。
兄妹で違うものを習っていたのは、家の教育方針に依るもの。立ち合いがあるようなものを女には習わせない。身体に傷を負うかもしれないから。男には護身術として立ち合いの武道を習わせる。そういうわけで、弓道を除けば私の習い事はもっぱらピアノや茶道や華道と言ったお淑やかなものばかり。陰では兄に合気道を教えてもらって遊んでいたが、もしも私がその遊びの中で怪我でもしてたら兄妹そろって大目玉だったんだろうな。今更ちょっと可笑しい。
さておき。射た矢を二人で取りに行く。本当に矢軸が半分埋まってる……ファンタジーの弓は怖いな。もう引き抜くのは無理そうだ。矢を無駄に使ってごめんねラターシャ。謝ったら、ちょっと笑いながら許してくれた。
「しばらくその弓で矢を射るのは無しにしよう、ラターシャ。弓の扱い、少しは教えてあげられるからさ、上達してからにした方が良い」
「そうします……」
教えてあげられるよって軽くアピールしたかっただけなんだけど。私達は突き刺さり過ぎた矢を眺めながら、弓という武器に少しの恐怖を覚える結果になった。
「じゃあそろそろ、次の街に向けて出発しますかー」
森を歩いてたのは弓を使ってみたくて、適した場所を探してただけなので。私は地図を広げ、向かう予定の街の位置をラターシャに示した。
「この街までは、どれくらいの距離があるの?」
「飛んだら二時間と少しくらいだと思うよ」
「……飛ん、だら?」
この森は王都から目的の街までのちょうど中間地点にあるから、二時間で此処に辿り着いたことを思えば、きっとそれくらいだろう。私の言葉に、聡明なラターシャは嫌な予感を感じ取って少し青ざめていた。その顔も可愛いな。
「大丈夫だよ、ラターシャ。私が居るから」
彼女の華奢な身体を引き寄せて、にっこりと爽やかな笑みを向ける。全然、効果は無さそうだ。ごめんね。でも案ずるより産むが易しって言うでしょ。ラターシャに言っても流石にことわざは通じないかな。
「ひゃぁああああ!?」
「あはは」
ラターシャに何の断りも入れずにそのまま風魔法で上空へと飛び上がる。別に彼女を抱いてなくても触れてなくても一緒に飛べるんだけど、流石に怖いだろうと思って両腕でしっかり支える。案の定、ラターシャは私の肩に必死にしがみ付いた。
「高いところは怖い?」
「そ、そういう、問題じゃない!」
「まあねー。でもほら、落ちそうな感じしないでしょ、大丈夫だよ。落ち着いて目を開けてみなって」
私の肩にぎゅっと顔を押し付けて目を瞑っているラターシャは、しばらくは無理とか怖いとか言いながら粘っていたものの、数分後には観念して涙を滲ませた目を開く。
「綺麗だねぇ。真下に見えるのが、ラターシャが居た森だよ」
「……すごい」
目に入った光景に、一瞬前まで震えていたことを忘れたみたいに、ラターシャは呆けた。そして見る見るうちに頬を上気させ、目を輝かせる。素直で可愛いねぇ。
「落ち着いた?」
「う、うん、まだちょっと怖いけど、でも本当に綺麗」
私としてはこのまま勢いよくびゅーんと飛んで行きたいんだけど、これ以上の刺激は流石に可哀相かな。ちょっとゆっくりめに飛びますか。
「じゃー空中散歩を楽しみましょう。あ、ローブ忘れてた、これラターシャが着てね」
収納空間から取り出したローブの予備をラターシャに着せて、私も同じものを羽織る。
とりあえず身体を離しても大丈夫なことは伝えたけど、それはどうしても怖いらしいのでラターシャに腕を掴ませてあげて、飛行開始。
目指すは南、ローランベルっていう大きな街だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます