第13話
日が暮れてしまう前に夕飯を済ませる。暗くなってしまっても照明の魔法があるから何も出来なくなるわけじゃないんだけど、明るい時間より不便なのは確かなので。そして意味もなく焚火をした。本当に何の意味もない。日が暮れても特に寒いわけでもないから。野営時のちょっとした憧れだ。加工で失敗した廃材とか、丸太から落とした枝葉とかもあるしね。
「ちょっと熱いから気を付けてね。紅茶だけど、よかった?」
「はい。ありがとうございます」
マグカップに淹れた温かい紅茶をラターシャに手渡す。こっちの世界にもアメリカンプレスみたいな抽出器具があった為、紅茶もコーヒーもとりあえずは淹れられる。ただ、美味しいコーヒー豆にまだ出会ってないので紅茶の葉しか持っていなかった。
「ねー、ラタ」
「はい」
「ラタはこれからどうする?」
視線を向ければ目が合った。焚火のオレンジ色を受けているラターシャの翡翠色の瞳は複雑な色をしていた。表情は強張り、引き締められた口から言葉が発せられる気配は無い。私はそのまま焚火の方へと視線を戻す。
「この森で、ラタは一人で生きていけないと思う。私もずっと此処には居られないし」
「……はい」
「選択肢としては幾つかあるけど――」
あると思うけど。
でも私は、ラターシャ側の事情をほとんど何も知らない。知ってるのは簡単な生い立ちと、エルフの里を追われたことだけ。どうしてこの森に居たのかとか、どうして人里に向かわなかったのかとか、何も知らないから、勝手な選択肢が思い浮かぶ。
「まず一つは、誤解を解いてエルフの里に戻ること」
私の言葉にラターシャはぴくりと身体を震わせただけで、此方を向くことも、俯き加減の顔を上げることもしない。
ラターシャが里を追い出された原因は、ダークエルフじゃないかって疑いがあったこと。ていうか、お母さんが亡くなったことでその疑いを無為に強められたからだ。この子は間違いなくハーフエルフで、魔族の血なんか入っていない。私が救世主召喚で呼ばれた存在であると証明する方法があるかは分からないけど、真偽のタグを証明する方法は幾らでもある。その私がダークエルフでないことを証明し、かつ、私の魔力の高さを利用してエルフの里に恩の一つでも売っておけば、ラターシャを里に再度受け入れさせるくらいは出来ると思った。具体案があるわけじゃないけど、ラターシャが望むならダメ元でそれを試してみてもいい。
「私としてはあんまりオススメしないけどね」
言っておきながらそう締め括る。個人的に、エルフの奴らには腹が立っているので、ラターシャを預けたいとは思えない。
ハーフエルフってだけでもあんまり歓迎されないってことは、今更ラターシャとエルフ達が仲良くできるとは思えないのだ。戻れたとして、ラターシャにとって幸せな暮らしがあるわけじゃないと思う。だから、言ってみただけというか、ラターシャがこの森から離れなかったことがエルフの里に対する執着かもしれないと思うから、どうしてもラターシャが望むなら、その協力は惜しまないと、そういう気持ちがあるだけ。
「エルフの里は此処から近いの?」
「そう……ですね、近いと言えば、近いですが」
ラターシャは曖昧な返答だけを口にして、そのまま黙り込む。首を傾けて続きを待とうとしたのは数秒だけで、すぐに「ああ」と声漏らして、口を挟んだ。
「里の場所は秘密になってる?」
私の問いに、ラターシャは少し申し訳なさそうにしながら頷いて肯定した。そういえば元の世界で読んだファンタジーの物語でも、エルフの里は閉鎖的で、訪問を気安く許さなかったり、隠されていたりって設定をよく見た。この世界も近い状態であるらしい。
「それに、里は特殊な術で守られていて、正式な許可を持つ者しか入ることは出来ません。私はもう、……それを持っていないので」
「あーなるほど。じゃ、訪問して誤解を解くのがそもそも無理なんだね」
選択肢とする為にはまず、エルフの里に入る手段を探すところからか。あまり現実的ではなさそうだ。
俯いているラターシャは、本音を言えばやっぱりその里に戻りたいのかな。何にも言わないから、よく分からない。だけど帰る場所を失くしたって意味では、ラターシャは私と同じなんだね。心の中だけで呟いて、口にはしなかった。
「なら、次の案。近くの街まで私が連れて行く」
本当にこれが一番まともな案だと思う。人里の中でならお金さえあれば衣食住が得られるし、ラターシャの若さでお金を稼ぐのは大変だろうけれど、住み込みで雇ってくれる場所を探せれば一先ずは何とかなるだろう。行ってすぐにそんな場所が得られるかはともかく、ラターシャの住処が確定するまでは、流石の私も放り出す気は無い。
私が提案の詳細を話す間、ラターシャは黙ったまま手の中のマグカップを見つめるばかりで何も言わない。沈黙を貫いているというより、何か言いたそうに口を開くのに、何も言わないで閉ざしてしまうという動きを繰り返していた。とりあえずこの案もあんまり気乗りしないんだろうなとは思った。
「最後の案は、生活は安心安全だけど、すごく教育に悪いよ」
一度そこで言葉を止めると、ラターシャは顔を上げて私を見つめ、不思議そうな顔で首を傾ける。本当、この子と対峙していると悪党の気分になれるよ。
「このまま私と一緒に来る?」
彼女は驚いたように目を丸めて、そのまま固まった。きらきらした瞳が私を見つめ返していて、悪いことだとは思うけど、もうちょっと大事に取っておきたくなる私はやっぱり、善人ではない。
「良ければ、私とおいでよ、ラターシャ。傍に居る限り、何からでも守ってあげるからさ」
私が差し出した手を、ラターシャは短い戸惑いの後で握り返してきた。手は私よりも小さくて軟い。この子はやっぱりまだ子供なんだな。壊さぬように優しく握りながら、こういうのを『甘言』って呼ぶんだよって教えるのは、まだしばらく先でも良いかなぁと考えていた。
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