第11話

「さっきは何をなさっていたんですか?」

「あー、ちょっと工作をね~」

 どうやらラターシャはとても真面目な性格をしているらしく、まだ体調が悪いんだから昼食後も早めに寝てほしかったのに、どうしても何か手伝いたいと言う。仕方なく、今は私が洗った食器をタオルで拭くというお手伝いをしてもらっていた。まあ、これも乾燥の魔法を使っちゃえばすぐなんだけど、小物に魔法使うのは妙に神経を使うから嫌なんだ。これから木風呂の工作にまた神経を使うだろうから、余計にね。

「出来上がったらまた見せてあげるよー。自慢する相手が居るってのも良いねぇ」

 そういえばテントも自作しただけで満足していたが、ラターシャの驚いた顔を思い出すとちょっと嬉しい。あの時は「早く寝て」という焦りがあってピンと来なかったけど。

「これで終わり。ありがとう、ラタ」

「あ、は、はい……」

「ん?」

 拭き終えた全部のお皿を回収してお礼を言うと、またラターシャが変な顔をした。今度は無闇に近付いたり触ったりしないように心掛けて、小さく首を傾ける。でもラターシャは結局そのまま首を横に振って、何も答えなかった。言いたくないなら、まあいいか。

「身体はまだ平気? 手伝いと言えば、一つお願いがあるんだけど。勿論、運動とかじゃないよ」

「大丈夫です、私に出来ることなら」

 答えた言葉が嘘でないことを確認してから、私は自分に見えているタグのことをラターシャに説明した。聞くと、エルフの里でもそのような能力を持つ者は居なかったとのことで、やっぱり珍しいものであるようだ。異世界から来た者の特殊な能力という可能性も大いにあるだろう。

「それでね、ちょっとタグの実験がしたいんだ」

 トリガーが何であるか、ということも気になるんだけど、これは実験の方法が分からないので今は置いておく。それよりも先に気になっていたことがあり、実験に付き合ってくれる相手さえ居れば簡単に証明ができるので、ラターシャが今、私の傍に居ることは少し都合が良かった。

「ラターシャは『スペード』と『クローバー』って記号を知ってる?」

 急に色の違う質問にラターシャは目を瞬くが、素直に首を振る。「本当」のタグが出ている。紙と鉛筆を取り出して、私はその記号を書いてみせた。やっぱり、ラターシャはその記号を知らないと言った。よし、じゃあこれで実験しよう。

「ラタ、この紙を持って、『スペードの紙を持ってる』って言ってみて?」

「はい。スペードの紙を持ってます」

「じゃあ次はそのまま『クローバーの紙を持ってる』って言って」

 従順にラターシャは私の言葉を繰り返す。渡した紙を違うものに交換して、同じことをもう一度してもらう。よし。やっぱりだ。真偽のタグは、言う本人が、発言が事実と異なる場合は『嘘』と出してくれる。

 ラターシャのように記号の名を知らなくても、言葉が示す通りの記号を持っていれば「本当」、違う場合は「嘘」と表示された。記号が私の世界のものである為、『私が事実を知っているから』真偽のタグがその通り出ている可能性も考えたけど、紙を伏せた状態で同じ実験をしても、やっぱり事実の通りのタグが出た。

 途中からラターシャも何の実験かは気付いていた。しかし私の能力の便利さに感心するだけで、付随する意味にはまだ気付いていない。

「ラターシャ」

 丁寧に、彼女の名前を呼ぶ。ラターシャが「はい」と答え、私の言葉を待つようにじっと此方を見つめている。

「この実験ではっきりした。私には君が本当に『ハーフエルフ』なのかどうか、確認することができるよ。どうする?」

「あ……」

 まだラターシャは自らを「ハーフエルフだ」とは言っていない。「他の種族との間に生まれた者はハーフエルフと呼ばれる」「母は自分をそう言っていた」「ダークエルフだと疑われている」という、状況の説明だけをしていた。それらは全て「本当」だと出ていた。けれどもし彼女が「私はハーフエルフです」と私の前で断言してみせれば、実際がどちらなのか明確に分かるのだ。

 私の問いに、ラターシャは動揺を見せ、視線を落とした。当然だ。これは救いでも何でもない。分からないままの方が良い真実だって多く存在する。本当にラターシャが魔族の血を引いているのなら、何も知らずに「ダークエルフ」という憶測だけで生きていた方がずっと良かったと、後悔するに違いないのだから。

 それでもラターシャは、小さく身体を震わせながらも、視線を上げ、私を真っ直ぐに見つめ返した。

「知りたい、です」

「そっか。分かった、じゃあ」

「アキラ様」

「ん?」

 思えばこっちの世界で名前を呼ばれるの、初めてだな。様とか別に要らないんだけど。まあ、今そういう話をする雰囲気じゃないから、後でいいか。

「もし、良くない結果だったとしても。どうか真実を、教えてください」

「……勿論だよ。そうじゃなきゃ、意味がないからね」

 大体、私はそんなにお人好しでもないしな。この場凌ぎで私が嘘を吐いたって、何かの形でいつか分かるかもしれないのに。そんな責任を負う気はさらさら無かった。

「じゃあ、ラターシャ。君の種族を教えて」

「私は」

 ちょっとずるい聞き方したなって思った。真偽を確認するのに一番手っ取り早いのは「ダークエルフだ」と宣言すること。ハーフエルフを宣言してそれが「嘘」だとしても、じゃあダークエルフだって証明にならない。クォーターかもしれないし、全く違う新しい種族かもしれない。つまりダークエルフという種族を宣言して「嘘」になるのが一番分かりやすいのだ。

「ダークエルフでは、ありません」

 だから彼女が続けた言葉には素直に感心した。彼女は、自分の信じた言葉で、自分の種族を証明しようとしていた。

「私は、ハーフエルフです」

 十五歳だよな。

 聡明だし、芯が強い。絶対にいい女になるだろうなぁ。

 私は彼女から目を逸らさずに、はっきりと頷いた。

「ラターシャの言葉は全部、真実だよ。お母さんも嘘なんて吐いてなかったんだね」

 答えを聞き終えると同時に大粒の涙を零したラターシャは、両手で顔を覆うと、小さい子供みたいに声を上げて泣いた。

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