第9話

 そうだよねぇ。

 此処、日本じゃないし。ラターシャは日本人じゃないし。顔立ちで言うなら西洋系だもん。私の感覚で年齢予想したらこういうこともあるよねぇ。十五歳かぁ。いや、惜しいがこれは仕方ないな。どれだけ成熟してても子供には手を出さない主義なんだ。稚魚は釣れても海に返せってお祖父ちゃんが言ってたし。

「あの……?」

「あーううん、何でもないよー。ちなみに、私は二十三歳ねー」

 誤魔化すようにして自らの歳を告げる。っていうか多分、逆の発想でいくと私は若く見えると思うんだよね。未成年とか疑われたら嫌だなぁ。そう思いながら軽くラターシャを窺うが、驚いた顔はしていなかった。年相応に見えてたかな? ま、今は良いか。

「まだ病み上がりなのに沢山喋らせちゃったかな。お腹が落ち着いたら、少し眠ってね」

 さっきも寝かせようとしたけど結局ハムの匂いで起きてきちゃったもんな。タグが未だラターシャから生えてるし、ちゃんと復調するまで油断は禁物だ。促してまたベッドで横にさせてみると、お腹が満たされて安堵したのか、ラターシャはとろとろと眠り就いた。枕元にはいつでも飲めるように水を置いておく。まだ昼前だけど、ラターシャの体調を思えば今日はもう此処で野営しちゃった方が良いだろう。別に次の町まで急いでないし、食材も結構持ってるから問題無い。あとは。

「お風呂……そうだ、浴槽を作ろう」

 私ってば、また素敵なことを思い付いてしまったな。

 洗濯用の桶は用意してあるから、お風呂もそこに水を溜めて適当にしたらいいかなって思ってたけど、ちゃんとした浴槽があると楽しいかもしれない。

 どうせ暇だしやってみるか。いつか私の女の子に出会えた時には浴槽で楽しいことだってある。きっとある。早めに準備をしておかなければ。唐突に湧き上がった使命感に、私は早速どのようなお風呂にするかを考え始めた。

「まず二人くらいは入れる広さで~」

 初っ端から脱線した気がするけど、大事、大事。

「次に素材をどうするか」

 多分これが最初に来るべき項目なんだけど二番目なんだから大差はない。

 私は割と無制限に魔法が使える。時間もそうだけど、威力についても。だから『作る』っていう工程だけを考えれば巨大な岩をお風呂の形にゴリッと加工しちゃうのがきっと一番楽だ。研磨に拘ると幾らでも作業に時間は費やせるだろうけど、とりあえずって状態には最初に辿り着ける気がした。ただ、それにはまず素材となるべき『巨大な岩』が必要で、この森にそこまで大きな岩があるか分からない。少なくともまだ見ていない。

 複数の石を繋げて作る方法なら大きさじゃなくて数が必要で、近くに流れているはずの川底から取れば、それなりに手に入るだろう。しかしこれにも問題があって、セメントみたいな繋ぎになるものが無いと駄目だ。セメントを作れるだけの材料がすぐに手に入るかは怪しい。大体、セメントの材料は石灰石しか知らない。却下するしかなかった。

「じゃあ、やっぱり木材かなぁ。此処が森だってところがもうねぇ」

 ぐるりと辺りを見回す。豊かな木々が生い茂っており、木材には困らなさそうだ。とは言え、勿論どれでもいいってことは無い。まず、毒があったら困る。中がスカスカで軟くても困る。出来れば丈夫なものが良い。例えば日本ではよく檜が素材として選ばれていたように、消臭殺菌の効果などがあるなら尚良し。

「素敵な木材が見付かることを、祈りますか」

 一つ大きな息を吐いて、私は辺りを散策した。ちなみに弱って眠っているラターシャを無防備に放置するのは怖いので、テント丸ごとガチッと結界で守っておいた。何でも出来ちゃって楽だなぁ、魔法って。

 そうして私がぶらぶらと歩くこと三分。不思議なことが発生した。

「はぁ?」

 またタグが遠くから伸びてきたのだ。今度は、『浴槽素材』って出てる。何だと。おま。そんなピンポイントの素材あるか?

「もしかして……私が、遠くからでも知らせてる?」

 素直にタグの元へと歩きながら呟く。

 私が女の子を探してるから落ちてるよって伝えてきて、ラターシャを介抱するために症状を確認しようとしたから、あの子の状態を見せてきた、という解釈も出来ると思った。考えてみれば、「これは何だろう」と意識を向けたものについて常に情報を出してきている。おそらくは、私の『意識』が、タグの出る一つのトリガーなんだ。

「だけどラターシャの名前、年齢、種族は出てなかったな。知りたいってだけじゃ、全部の情報は得られないみたい?」

 ややこしいが。何にせよ今は、一番欲しい情報が得られた――かもしれないわけで。とりあえずはこの能力に感謝しておこう。

 更に二分ほど歩いたら、目的の素材に辿り着いた。背の高い木だ。同じ種類と思われる木も周りに立っていて、目を向ければ同じタグが生えてくる。全部ではない。生えないものには何か不都合があるのだろう。

「とりあえずはこの種類が最適、ってことか?」

 近付いて木に触れると、更に細かい情報が出る。毒は無さそう。すごい、消臭殺菌の効果がある。あ、もしかしてこれのせいかな、タグが出たの。さっき明確にその特性のこと考えたもんな。檜みたいな独特の香りは無いけど、癖が無いから好き嫌いが出なさそうだ。いや私は檜の香り好きだけどね、まだ見ぬ私の女の子たちがどうだか分からないからね。

「底板と四方、それから枠の分が必須で……ちょっと小物も欲しいけど、それは端材でいいか」

 まずはメインの素材を予備込みで切り出そう。その為にこの木を切り倒したいんだが。倒していいかな? ラターシャを休ませているテントの方角はこっちだから、念の為、真逆の方向に倒そう。テントの方向に切り込みいれて、最後逆から切れば良いんだよね。はい、せーい。バシッとな。

 もし思わぬ方向に倒れたとしても風魔法で誘導すりゃいいやっていう軽い気持ちで、同じく風魔法でサクッと切った。木が思い通りの方向へ倒れ始めるまで多分一秒掛かってない。イージーだなぁ。木が倒れ終わるのを待つ方が時間掛かったかも。

「正方形が楽だな。ゆったり足伸ばせる長さで正方形なら、二人で入れるよね~」

 端を落としてしまうことも考えてちょっと長めで、同じサイズの木材を切り出した。『同じ大きさ』ってのは楽。というか定規が無いので、むしろ最初に作った一本を基準にするしかないのだ。

「ま~大体揃ってるでしょ。細かい調整はまた後で。それより――」

 加工する『程度』が分からないんだよね。タグ、ちゃんと教えてくれるかなぁ。灰汁抜きと乾燥だっけ。ま、やるだけやってみるか。

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