第8話

 当然だけどしっかりお腹を空かせていた女の子は、ミルクリゾットを食べながらまた目を潤ませていた。

「ゆっくり食べてね。大丈夫、お腹いっぱいになるまであるから」

 諭すように言う私に、女の子は何度も頷いていた。

 それでも、やはりしばらく食べていなかった為か、一気に多くは食べられなくて。お椀二杯分のミルクリゾットと、すごく薄く小さく切り分けたハムを少量食べたところで満腹になっていた。体調を思えばこれでも食べた方だろうけどね。

「あの、私、ラターシャと言います。助けて頂いて、本当にありがとうございました」

「どういたしまして。私はくぬぎ秋良あきら。あ、秋良の方が名前ね」

 男の子みたいな名前だけど私はれっきとした女だ。でも格好いいので気に入っている。なんて。異世界に来てしまったらそんなことも誰も、理解してくれないんだけど。そういえば、一度も城で名乗ってないな。あいつら本当に私個人に興味なかったんだね。今更もういいけど。

「ええと……貴族の方、ですか?」

「ん? ううん、どうして」

 首を傾ける私に、ラターシャも一緒に首を傾ける。仕草が可愛くて思わず頬が緩んでしまったが、ラターシャは視線を余所に向けていて気付かなかった。

「人族で、ラストネームを持つのは貴族の方だけ、と聞いていたので……」

「へぇ、そうなんだ」

 そういえば城で王様は長ったらしい名前を名乗っていたけど、宿屋のシャムちゃんには苗字が無かった。そういう、この世界の常識みたいなのは流石にタグは教えてくれないんだよね。下手にあちこちで名乗る前で良かった。

 一方、ラターシャは私のおかしな反応に、更に不思議そうな顔をしていた。そりゃそうだよね、私どう見ても人族なんだもん。知らないのは変だよ。

「あー、いや、信じてもらえるか分からないけど、私ね、異世界から来てるんだよ。えーと、此処とは違う世界っていうのかな、それで」

「え!? 救世主様!?」

 ラターシャが今までで一番の大きな声を出した。おや? 何故バレる。

 もしかして救世主召喚の儀式ってこの世界で有名?

 そう聞くと、この世界に住む人なら余程の特殊な環境で育ってない限りは小さな子供でも知っていることだと言われた。あらー。これは誤魔化しても仕方が無い。私は神妙に頷いた。

「そうそう、救世主召喚ってので呼ばれたんだ。けど私は別に救世主になりたくないし、お城とはサヨナラしてきちゃった。今の私はただの旅人だよ」

 簡単に私の不満と経緯を話してみる。救世主なのに世界を救わないってことに、この世界に住む人ならもっと嫌な顔をするかもしれないと懸念したものの、ラターシャは難しい顔で「言われてみれば確かに横暴な仕組み」と呟く。素直な子だ。悪い奴に捕まったらすぐに洗脳されそう。私は、うーん、どっちだろ。善い奴ではないな。

「でもま、お陰でラターシャにも会えたし。お城出ちゃって良かった良かった」

 私の言葉をどう捉えたのか、ラターシャは少し俯くと耳を赤くしていた。可愛いなー。この見慣れない形の耳を少し突いてもよろしいだろうか。よろしくはないな。許されるくらいこの子とお近付きになるにはどうしたらいいのだろう。

「あ、そうだ、ラターシャはエルフなのかな? 私とは耳の形が違うんだね」

「……いえ、えっと、エルフでは、ないです」

「ありゃ」

 違うんか。

 うーん、そうね、そりゃ私の知ってるファンタジーの知識がこの世界に全て通用するわけじゃないだろうから呼び名が違うことはあるだろうね。恥ずかしい。

 ん? いや違うな、今『エルフではない』って言ったな。つまり『エルフ』自体は、居るんじゃないか? 自分の思考に釣られて一瞬首を傾けると、ラターシャの回答を疑ったように見えたのか、何処か申し訳なさそうにラターシャが視線を泳がせた。

「エルフが別の種族との間に子を成すと、エルフではなく『ハーフエルフ』と呼ばれます。私は母から、そうであると、聞かされていて」

「なるほど。じゃあ半分はエルフなんだね」

「はい。私の母は純血のエルフです」

 そういうことか。納得。まるで見当違いってわけではなかったのね。ほっとしたと同時に、そういえばこの子はどうしてこんなところで一人、倒れていたんだろうと疑問に思う。そのお母様は、何処に居るんだろう。気になることは色々あって、ただの好奇心で別に聞かなくて良いことと、お近付きになるにあたって前段階として聞いておいた方が良いことを頭の中で分けようとしていたら、先にラターシャが口を開いた。

「ただ、私はこのように褐色の肌を持っています。ハーフエルフとしてもこれは例がありません。なので、ダークエルフかもしれないと言われていて……正直、自分の種族は分からないのです」

「ダークエルフ?」

「……はい、この世界では、魔族の血が入ったエルフを、全てそう呼んでいます」

 うーん、ならつまり魔族の血が一度入ってしまったら、ハーフ以降は全部そう呼ばれるってことか。そういえば元の世界で目にしたファンタジーでも、エルフって純血に強い拘りがあるって話は印象深い。案の定、ラターシャが言うには、ハーフエルフである時点で、既にエルフの里でラターシャの立場は酷く悪かったと言う。何となく先の話が読めて、気分が悪かった。

「それでも母が生きている間は、里の中で住むことを許されていたんですけど、母が病で亡くなると、それも私が呼び込んだ不幸であると、言われて」

 無茶苦茶だな! 親の病気が子供に関係あるかぁ!? 子供は生まれてきただけだぞ! どうしろって言うのよ!

 と、怒りをぶつける相手が居ないので眉を顰めることしか出来ない。

 結果、ラターシャはそこに居るだけで不吉だと言われて、エルフの里を追われてしまったんだそうだ。だからこんな何にもない森で、たった一人で居たらしい。母の形見である弓を持ち出すことは出来たものの、食べ物を自分で手に入れることは叶わないままで、行き倒れてしまった。

 この子を里から追い出したエルフにとって、この子が生きていけるかどうかも、どうでも良いことだったんだな。今のところこの世界、めちゃくちゃ身勝手で薄情に映るんだけど。おい王様。本当に滅ぼすぞ。もうちょっと気合い入れろ。

「里では狩りを学ぶのは十六歳になってからと決まっていたので、弓も、握ったことが無かったんです」

 えっ。

「ら、ラターシャって、えっと……いくつ?」

 今の流れでもうほぼ確定しちゃったんだけど、藁にも縋る思いで最終確認をした。ラターシャは私が背中に滝のような汗をかいていることなど何も知らず、小首を傾げる可愛らしい仕草で、私に絶望を伝えた。

「私は十五歳、です。来月で十六歳になります」

 うわーーーやられたーーー。

 この十五歳めちゃくちゃ発育良いなぁ。じゃなくって!

 アウトじゃん!?

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