第4話

 私の言葉が部屋に響き渡っても、誰も、何も言わなかった。

「家族とか友人とか、元の世界の私の生活を丸ごと問答無用に奪っておいて、魔王に対抗するための救世主? ふざけんな。何で私がお前らの為に命懸けて戦わなきゃいけないわけ。恨みこそすれ、救う義理が何処にある」

 王様の目が、大きく見開かれていく。周囲はただただ、戸惑いの空気を発していた。

 けど、何に驚いてんだこいつらは、としか思わない。『異世界』に生きてる人間を『召喚する』ってどういうことか、一度も考えたことが無かったわけ? 魔法だのなんだの存在する世界にしては、想像力が足りなさ過ぎるんだけど。それとも、『伝承』の救世主様はそんな不満を全く言わなかったとか?

 怪訝な顔をしている私に、王様のやや後ろに控えていた膨よかな男性が、慌てて口を開く。声はやけに上擦って、震えていた。

「し、しかしですな、救世主様には、この世界での何不自由ない生活と、多大な富を与えることを御約束――」

 不快感しか湧いてこない。

 私が睨み付けるように見据えて目を細めると、男性は怯えた表情で口を噤む。

「要らねーよ。お前らに奪われさえしなけりゃ、元の世界で私は。『与える』だって? 言葉を間違えるなよ。お前らは私から『全部奪った』んだから出来るのは『返す』ことだけでしょ」

 元の世界の私はそもそも『何不自由ない生活』をしていた。生まれ持った家柄が良かったのだ。だから、言っちゃなんだけどかなりの金を持っていたし、稼いでいた。此処で富をちら付かせられて靡くほど卑しい生まれ育ちはしていない。私が向ける軽蔑の眼差しに、男性は俯いて小さくなっていく。身体は横にでかいままだけど。

 口を閉ざした彼の他は、おろおろとしているばかりで口を開きそうな人間が居ない。部屋には焦りと戸惑いの気配が広がる。王様も同じだ。額に汗が浮かんでいるのが見えていた。でも体調は回復してやったんだから、それを気遣う理由は無い。何度か口を開閉した後、王様が再び低い声を発するけれど、今この場、短い時間で考えた言葉はただただ陳腐で、下らなかった。

「救世主様。お怒りは尤もでございます。ですが我々も、世界が滅びに向かうことを看過できず、あなた様のお力を必要と」

「知るか。勝手に滅びろ。何なら今すぐ私がこの城、丸ごと消してあげようか?」

 一瞬で部屋の空気がぴり付いたが、ぴり付いてるのは最初から私なんだよね。短く息を吸って、臍下丹田に意識を向ける。魔力の使い方って、合気道の氣のなんたらって感じだなぁ。いや、単純に私にとってそれが馴染みやすいだけか。それはそれとして。この城全体を攻撃範囲に含めるようにイメージしてから、壊れるギリギリの大きさで城を揺さぶってやった。何だろうなぁこの、最初から使い方知ってたみたいな感覚。気味悪いけど、今は、もういいや。

 王様を含め、玉座の間に居る全員が揺れに耐え切れずに膝を付く。悲鳴を上げることしか出来ない者ばかりの中で、それを飲み込んで私を制止する声を出せた王様は、まあ、一国を背負う者としてはさぞ立派な人なんだろう。

「――どうかお許し下さい! この城には多くの人間が居るのです! あなた様の望む通りに致します!」

 言葉を聞いて、私は揺さぶるのを止めた。

 まだ余韻で軋む玉座の間の中、直前に起こったことの恐ろしさからか、立ち上がる者は無い。目の前に両手両膝を付いて伏せる王様を見下ろして、国のトップのこんな体勢を見ることは流石にもう二度とないだろうなと、呑気な気持ちで眺めた。

「あはは。怖かった? まあでもあんたらのその顔見て、ちょっと気が済んだわ。腹は立つし、許す気は無いけど」

 足元から私を見上げている王様の顔色は、最初に見た時よりも青い。再び口角を引き上げて、口元だけは、にっこりと笑う。目は笑えてないかもしれない。

「じゃ、城の出口まで案内してくれる? それで今後、私に干渉しないでくれたらいいよ」

 断りも無く王様に背を向けて歩き出すと、部屋の中がざわついた。だけど王様は憔悴しきったような弱い声で「ご案内しろ」と、誰にともなく命じていた。

「どちらに向かわれるのでしょうか」

「この国のことも、世界のことも何も知らないんだから、目的地なんてあるわけないでしょー」

 案内する形で私の前を歩いてくれたのは騎士だったけれど、王様も付いて来ていた。振り返らずに門を抜けようとしていたものの、背に掛かる声に律儀に答えてやる。

 ほんのちょっとくらいは同情してるよ。何か色々頑張って私のこと召喚したみたいだし。いい迷惑だけど、その全てが徒労に終わったことを、他人事なら「可哀相」くらい言うんだと思う。

 多分ほんの少しでも足を止めて最後の対応をしてやったのは、そういう理由。

「そうだなぁ。もしもこの世界が気に入ったら、助けようって思うこともあるかもね? ふふ、周遊中、あなたの善政が見られることを祈るよ」

 つまり、気に入らないと言い切れるほど腐った世の中だと思ったら、壊しちゃっても良いな。どうやら私には、それくらいの力があるみたいだし。ま、人類を滅ぼす力がある『魔王』を倒せるんだったら、そりゃそうだ。

「……何かお困りのことがございましたら、いつでも城へお申し付けください。ウェンカイン王国は、あなた様を全力でご支援いたします」

 ふふっと小さく漏れた声は、可笑しくて笑ったと言うよりは、嘲笑に近かった。

「そりゃどーも。じゃあ、さようなら国王陛下。また会える日があると良いねぇ」

 背を向けたままで、ぷらぷらと手を振る。もう、呼び止める声は掛からなかった。

 じゃあまずは、城下町でも、ぶら付くか。

 何より私は、失ってしまった『可愛い女の子に囲まれるはずだった』計画を取り戻したいんだよね。遊んでくれる女の子、この異世界で早く探さないとな。

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