第5話
タグが付いている部分を再度目で確認してから、ひょいと後ろに跳んで下がり、目の前の魔物に大きな雷を一つ落とした。直撃を受けた魔物が、ぶすぶすと黒い煙を上げて地面に倒れ込む。次の瞬間には砂ぼこりに紛れるようにして、霧状になって消えた。
「よし完了~。えーと、爪どこに飛ばしたっけ。あっちか」
探していた『爪』は、少し離れた場所に三つ落ちていた。タグには『鳥型魔獣の爪、銀貨七枚』とある。
「うん、イージー! 今日はこれくらいで良いかな?」
腰に引っ掛けていた巾着袋に爪を投げ入れると、私は街に向かって歩き始める。この世界に召喚されてから十日目。私は未だ城下町に滞在していた。
着の身着のままだったので、最初に必要だったのが衣服と宿。そしてそれを得る為の、お金だ。王様から多少吸い上げても良かったんだけど、あいつらに施しを受けるのはどうしても気に入らないのでやめておいた。だから私は全部、自分で手に入れなければならなかったのだ。
でも正直、悲観してはいなかった。召喚された後に通された応接間で、魔術師っぽいローブを着た人達と自分の魔力値をタグで比較していたのだけど、私の方がゼロが三つ多かったから。つまりお城で働くレベルの魔術師さん達と比べても私の魔力は文字通り桁違いなわけで、それだけの力があるなら何なりとお金は稼げるだろうと思っていた。
幸運だったのは、城下町を歩いて一時間もしない内に、魔物素材を換金してる厳ついお兄さん達を見付けたこと。なるほどRPGじゃんってことで、同じく魔物から素材を集めるようにしたら、お金は容易に手に入った。小さい頃に兄さんと一緒に遊んだゲームが中々参考になってくれてありがたい。
「まあ、素材の取り方が分かるまでは大変だったけど」
一番難しかったのはそこだ。タグで分からなかった。魔物は倒してしまうと霧状になって消えて、何も残してくれない。どうやってあいつらから素材を取ればいいんだろうと、悩んでいる内に無駄に何体も倒してしまった。今思えば勿体ない。
「お? おぉ。なんか違うやつ来たな」
今日はもう乱獲しないで戻ろうと思っていたのに。新手が上空から下りてきた。早速、私に向かって急降下してきたので、風の魔法で薙ぎ払う。今まで戦っていたデカイ鳥みたいな魔物とは、形は同じだけど色が違った。
「お前の方がお金になるのかなー?」
魔物の各部位を見つめる。タグが生えてきた。爪と、嘴。それから羽根か。羽根は……どれでも良いわけじゃないみたいだね。オーライ。
「わあ、止めろ止めろ、砂埃が舞うでしょーが、髪が汚れる!」
大きな翼を羽ばたかせている魔物へと、呑気な抗議の声を上げる。当然、何も聞いてはくれないし、威嚇するようにギャアギャア鳴いている。小さい雷をとりあえずぶつけて、一瞬怯んだ隙に、先程タグが生えた場所を胴体から切り離すようにして風魔法で切り落とした。
「爪、嘴、と、羽根~。よし終わり! じゃあねー」
丁寧に部位を切り落とした後で、魔物にとどめを刺す。すると本体は霧状になって消えて行くけれど、先に切り離した部分は素材として残った。これをいちいち拾うのがちょっと面倒くさいんだ。手を叩いたらぴゃっと手元に来てくれないかなぁ。でもまあこれで、素材採取の完了だ。
「おおー、同じ爪なのにこいつのは大銀貨八枚もすんの? ラッキー」
銀貨十枚で大銀貨一枚なので、十倍以上の値が付いている。思わぬ収穫に、気分を良くしながら街に戻った。素材の定価や真偽のタグが見えるお陰で、安く買い叩かれてしまうことも無く、着々と私はお金を集めていた。
「シャムちゃーん、おかわり~」
「あ、は、はい!」
宿の食堂で、まだ十三歳らしい女の子に声を掛ける。シャムちゃんは大きな眼鏡を掛け直しながら、慌てた様子で駆け寄ってくると、私からお茶碗を受け取って、新しいご飯を入れてくれた。この世界、普通に白米があるの最高なんだよね。パンと比べたら割高なんだけど、私は気にせず支払って毎日食べさせてもらっていた。
「払いが良くてこっちは助かるが、金は大丈夫かい?」
「うん、平気平気~」
人の良さそうな宿の主人は、のんびり答える私をいまいち信用していないらしくて、眉を下げて笑っている。そしてそのまま私に歩み寄ると、手に持っていた物をテーブルに置いた。
「ほら、頼まれてたもん、手に入ったよ」
「わー、ありがとうご主人! これでようやく遊びに行けるよ~」
私は何も、城下町に留まりたかったわけではない。さっさと出て行きたかった。だけど旅をする為にはその為の道具とかお金とかも必要だし、何よりも欲しかったのは、この世界の地図。何処の商店も売っていなくて、地図ってものがそもそも貴重なんだって知った。宿の主人にも協力してもらって探し回り、手間賃含めて大銀貨五枚も掛かってしまったけど、ようやく今、手に入れることに成功。これで城下町から出て行ける!
「お嬢ちゃんは旅人か何かだったのかい?」
「うん、だから明日にはもう出て行くね、長く泊めてくれてありがとう!」
「忙しないな。いや、此方こそだ。最後の夜、ゆっくり休んでくれよ」
そうして、異世界に来て十一日目の朝。私は主人に挨拶をして宿を出た。忙しないのには、『早く出て行きたい』以外の理由もある。
「……早朝からホント、ご苦労様だな」
普段と比べて人気の少ない城下町。この町では、私の後ろをいつも誰かがついてくる。王様たちを振り切って城を出てからずっとだ。多分、王様の御命令なんだろう。あれだけ脅しても、私を諦める気は無いらしい。ま、そりゃそうか。世界の滅亡が掛かってるとか言ってたもんな。
「でも外は流石に、ついてこれないと思うんだよなぁ~」
城下町の門を出てから南方向にのんびり進み、誰にともなく呟き続ける。そして一度、立ち止まった。門の付近から私を見ている人の気配は、まだ動かない。その距離じゃ、もう追えなくなるよ。口元を緩めて、私は足元に魔力を集中させた。
「私、飛べるみたいだし、ね!」
近くを飛んでいた鳥型魔獣がびっくりするような勢いで、その場から上空に向かって移動する。大きな城と、城下町が一望できる。そしてその逆側には、豊かな自然が広がっていた。
「ひゃー、良い景色。さてまずは、この町あたり、目指そっかな!」
地図で方角を再確認する。よし、真っ直ぐ南だね。
城下町は監視もあったし王様のお膝元だしで遊べなかったけど、次の町こそは私の可愛い女の子が見付かりますように!
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