第3話_ガレン・マルス・ウェンカイン
結局、部屋に居る誰も、私の質問には答えなかった。たっぷり十秒待っても答える様子が無かったので、回答は諦めた。別にもう必要とも思えない。答えが分かったのだから、敢えて口にして答えさせる手立てを考えるのも面倒だ。
「私を召喚した儀式の責任者は誰?」
ならばと、私は次の質問を向ける。答えられる問いだったせいか、目の前の男性はいくらか安堵した顔をしてから、ずっと引き締めたままだった口を解いた。
「こっ、国王陛下にあらせられます」
「今すぐ会わせて」
「は……、いえ、それはその」
男性は視線を泳がせ、胸元から取り出した白いハンカチで額に浮かぶ汗を拭ってる。そのハンカチ、レース付きで可愛いな。ただ回答を待っているのもつまらないので下らないところを観察して気を紛らせる。男性はその間にも意味の無い言葉をしばらく並べ、そして小さな咳払いをした。
「後日、国王陛下からも救世主様にご挨拶する予定でございます。しかし、今すぐにというのは難しく」
「何故?」
「お、……お答え、できません。機密情報となっております」
はーん。『本当』だわ。そんなこと言われたらどうしようもないな。この人にはそれを覆すような権限無いだろうし。腕を組んで天井を見上げ、少し考えた後で、正面に向き直る。
「分かった。じゃあ、しょうがない。ご対面なしで失礼するわ」
「はい?」
聞き返されているのは分かっていたけど、私はそのままソファから立ち上がって扉の方へと歩く。大慌てで、数名が私の前に立ちはだかった。
「お待ち下さい! ど、どちらへ!」
「何処でも良いでしょ。退いてくれる? ああ、ついでにこの城の出口まで案内してよ」
「出来ません!!」
「あはは、声うるさ」
片耳を押さえてそう言うと、叫んだ男性はパッと片手を口に当てて言葉を止める。必死なのは分かったけど、大きい声が嫌いなんだよね。許せるのは女の子のキャーだけだよ。私が微かに眉を寄せたのも見えたのか、男性はしっかりと声量を抑えて静かに「どうかこのまま城に」と懇願してきた。君らの敗因はその役を美女にさせなかったことだねぇ。
「ぶっ飛ばされるか道を空けるかどっちがいいかな。魔法なんて使うの初めてだから、命の保証もしないんだけど」
「は」
私が前方に手の平を向けると、その手に青白い光が集まる。なるほどこれが魔法ね。異世界から飛んできた人間には特別な力でも付いちゃうのか、『救世主召喚』って儀式自体に何かの仕組みがあるのかは知らないけど、自分が使える色んな魔法がもう私には分かっていた。これはとりあえず攻撃する魔法です。タグが言ってる。
「しょ、承知いたしました! 城の門までご案内します。……しかし、私がその旨を国王陛下へご連絡する間だけ、この部屋でお待ち頂けないでしょうか」
ようやく成功した『救世主召喚』の儀で現れた人を、むざむざ逃してしまったとなれば、此処に居る人間の立場が悪くなる、此処で命を懸けて私を止めれば良かったと思うような処罰を受けるかもしれないと言う。うーん、面倒くさいな。言ってることは分かるけど。
「一時間以上は待たない。……お茶のお代わり頂戴」
「はい、すぐに。寛大なご対応に感謝いたします」
部屋の全員が深々と頭を下げてくるのを横目に、私はソファに座り直す。
それから三十分もしない内に、『国王陛下へ連絡』しに行った男性は戻ってきた。だけど、案内されたのは城の門ではなくて、玉座の間だった。映画で見たことあるような西洋式の玉座に、ほとんど黒に見えるローブを纏った中年男性が座っている。歩み寄るにつれて、光の加減で赤にも見えるその色は、彼の身分を伝えるように上等であると思った。
彼は私が玉座の手前に立ち止まると、壇上からゆっくりと下りて来る。上から喋るんじゃないんだなぁ。とは言え、彼の両脇を、白銀の甲冑に身を包んだ騎士が固めていた。私が不審な動きをしようものなら、長い槍で一刺しにされそうだ。
「あなたが王様?」
「……ええ。私がこのウェンカイン王国、六十二代目国王のガレン・マルス・ウェンカインと申します。高い位置から出迎えた無礼をお許し頂きたい」
低い声でそう告げ、王様は私に向かって真っ直ぐに頭を下げる。
え? 腰が低い。こわ。
それだけ『救世主』って立場が高いのかな。まあいいや。それにしても――明らかに、顔色が悪いな。なるほどこれが、私にすぐ会えなかった理由か。国王陛下のご体調なんて、確かに易々と触れ回れる情報ではないね。他国と軋轢があったりなんかすると、隙ありってことになっちゃうかもしれないし、そうじゃなくても国民に不安が広がるかもしれないし。頭を上げた彼の目をじっと見つめてから、ふん、と小さく息を吐く。
「ちょっと近付いても大丈夫?」
「私にですか。勿論、構いません」
「陛下!!」
「下がれ。私が構わないと言っている」
両脇の騎士が慌てて制止の声を上げて私達の間に入るように動いたが、王様が強く言うと引き下がった。大きい声を何度も出されると嫌なので、彼らを刺激しないようにのんびりとした歩調で近付く。三メートルくらいあった距離を、一メートル半くらいに縮めた。
「
足を止めると同時に呟けば、王様の身体がほんのり輝く。少し騎士らを警戒したものの、条件反射で私を突き刺しては来なかった。全員が驚いた顔で、王様か、私のどちらかを凝視している。
「効いたみたい? これで少し楽に話せるかな」
魔法で治る不調なのかどうかよく分からなかったけど、顔色が格段に良くなった。そして私は人間を回復させる魔法も使えるらしい。何でもアリで便利な世界だな。でもその程度の不調ならどうして他のやつが王様を回復させていないんだろう。レアな魔法だったのかな。魔法自体を知らないものだから、よく分かんないや。
そんなことを思いながら、私は元の位置まで後ろ歩きで下がった。何となく魔法が届かない気がしただけで、話すなら近くなくて良いんだよね。相手は男だし、騎士にも槍を向けられたくないし。
驚いて固まっていた王様は、私が下がっていく動きを見るとハッとした様子で顔を此方に向けて、また頭を下げた。
「重ね重ね、申し訳ない」
「別に今のは勝手にしたからいいや。そんなことより、もっと根本的なところで私は怒ってるんだよねぇ」
やや語気を強めて言うと、ほんの少しの間を置いてから、部屋の中の空気がじわじわ張り詰めた。きっと私の口元が笑みの形をしているせいで、発した言葉との差に混乱したんだろう。
布擦れの音すら控えるように静まった玉座の間で、緊張の面持ちをしている王様に、作り物の笑みを向ける。
「異世界に召喚とかさぁ……勝手に何してくれてんの?」
視界に入っているのが男性ばかりじゃなかったら、こんなに不機嫌な声は出さなかったかもしれない。
そういえば、さっきから女性がほとんど見当たらないんだよなぁ。侍女さんもお茶の用意でちらっと近くに来ただけだし、私の機嫌が良くなる要素が一つも無い。この玉座の間にびっしりと美女が居て、私にキャーキャー言ってくれていたら、この後の対応も大きく変わってたんじゃないかと思うよ。
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