第166話:息子の後押し
夜、リリアンヌの店が開いた。店の隅っこで俺、エルフリーデ、クリスティアンで飯を食べることにした。
「3人で食事って、宿の下の食堂で相席して以来だっけ?」
「母さん、とか、自分でネタバレしてんじゃん」
「いや、あれは仕方ないだろう、だって80年近く振りだったんだから」
傍から聞いたら誰が何を言っているのかよくわからない会話だ。
しかし、一家団欒的な感じで過ごせるようになったのは、ここまで救ったり救われたり、危険を共にしたりがあったから、急激に絆を感じるようになった。
ここまでの経緯を話しながら、食事を楽しんでいる。それもこれも生きて帰って来れたからだけど。
「ちなみに聞くけど」
ふと思い出したかのように、あらたまってクリスティアンが畏まる。
「「ん?」」
俺たちが見ると、少し考えて、腕を組み、また考えて、意を決して口を開く。
「二人は結婚するんだよね?」
この無邪気で無神経な感じ、見た目が40歳を超えていても、親に対していう遠慮のなさである。
「え?」
「は?」
当然俺たちは呆気に取られている。俺は転生でやり直しているとはいえ、今まで合わせて60年ほど未婚で過ごしている。エルフリーデはリアルに生まれて15年である。結婚はもう少し先の話だろうに。
「いや、だって、二人が結ばれないと、消えるにせよ残るにせよ、俺が困るじゃない?」
クリスティアンからすると当然の願いでもあった。そもそも俺たちが結ばれないのであれば、即、ここで消えてしまうかもしれない。いや、すでに別の軸なのでそれはないかもしれないが。不安要素ではある。
「そ、そういうことか……」
「な、なぁんだ……」
事情は理解しても、結婚……とエルフリーデと顔を見合わせて照れて、下を向く。それを見てため息をつくクリスティアン。
「そこは真面目に考えてほしいな。俺からすると切実だから」
「それは言われなくても、わかるけど……」
モジモジ答えるとクリスティアンに叱られる。
「そこはもっとタナカがはっきりと伝えろよ!」
「そ、そうだね」
ゴクッと唾を飲み込む。エルフリーデも身構える。
ここで、プロポーズをするとは思わなかった……ドキドキするなぁ……どう返事してもらえるんだろぉ……ここにきて断られる可能性もゼロではないよなぁ……断られたらどうするんだろう……クリスティアンを消さないためにOKとか、そういうのだったら嫌かも……いやいや、嫌とかじゃなく、それでも俺みたいなのにOKくれるってことが奇跡じゃない?…………。
……あれ? なんでいまプロポーズなんだっけ?
クリスティアンが消えないために、今後俺たちが結婚するかってことだよな。いま決めなきゃならないのか? このまま一緒に行動を共にして、もう少し先でも良いんじゃないの? あれ? なんで?
「え~っと、いま決めないとダメかな?」
と、思っていることを言っちゃったところ、二人から大きなため息が漏れる。そして、がっつりと睨まれる。「今だろ!」と「タナカ言ってよ!」という視線。
決めるしかない。
「これからも一緒にいてくれるかな?」
この言葉もさらにため息が。
「タナカ、もっと決まるセリフないのかよ! 朝、みそ汁作ってほしいとかそういうの」
「いや、クリスティアン、それも古いし。俺、自分でみそ汁だけじゃなく飯作れるし」
「ミソシルって何よ?」
「母さん、問題はそこじゃなく」
「今、母さんって言ったらややこしいから」
「俺は結構頭捻っての言葉だったんだけど、伝わってない?」
「伝わってないわけないじゃない」
「だよね? だってさクリスティアン、ダメか?」
「だって、自分の親の決定的瞬間に居合わせているとしたら、もっとかっこよく決めてほしいだろ?」
「こういう時は、案外こんなもんだって」
「こんなもんとか、オヤジは初婚だろう? 前の世界でも独身だったし」
「だから、オヤジとか言うんじゃないよ、俺はまだ17歳だって」
とくだらないけど、幸せな時間を過ごしていた。
結局のところ、「これからも末永く、俺と一緒にいてください」という言葉に言い直して、エルフリーデの同意を得たことで、クリスティアンも納得した。
「なんかなし崩しだけど、こういうので良かったのかな?」
「良いんだよ、こういうことでもなければオヤジはこっちでも意地張って独身の可能性もあったわけだし」
「え? そうなの?」
それは困る。こっちの世界は前とは違う展開にしたい。ちゃんと家庭を持ちたいと思っている。独身を押下するのは前の世界だけで十分だ。
「知らないよ、可能性の話。今は俺の知ってる時間軸じゃないこっちの世界だから」
それなら良かった。となると、危険なことがあってもクリスティアンの知る未来を頼りづらくなったってことか。まぁ当たり前の生活なんだけど。
クリスティアンの知っていた時間軸では、ダニエマを追ってオーズィアへ行くが、武装集団に襲われ俺は即死。たぶん銃で狙われたのだろう。女の子たちも助からず、おそらくそのまま枯れ果てていたのだろう。
そう考えるとまったく異なる世界になっていくのではないだろうか。平和になるのか、それとももっと大きな何かが動き出すのか、未来はわからないものだ。
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